表紙

 -44- 林の炭小屋




 十分も経たない間に、男の使用人たちがおっとり刀で集まってきた。 外はもう闇で、みんなの顔に真剣さがある。 手には、錆びたラッパ銃から三つ又の鋤〔すき〕に至るまで、いろんな武器を持っていて、勇ましかった。
「鬼退治とは凄いですなぁ」
 庭師頭が、園芸柵の柱を棍棒のように握って、ミレイユに笑いかけた。 すると、苦虫を噛みつぶしたような顔のジェデオンが、すぐ言い返した。
「笑い事じゃない。 のぼせやすい若い子のたわごとに騙されて、わざわざ大の男を呼び集める必要があるんですか?」
 後半は、ミレイユに対する非難だった。 しかし、強く反応したのはベットとエマで、二人は一斉に泣き声を立てて、ジェデオンにくってかかった。
「のぼせてなんかいません! 本当に聞こえたんだから!」
「そうよ! あんな気味の悪い声、あんただってゾッとするに決まってる!」
「うるさい!」
 ジェデオンはすぐ怒鳴り返し、先に立ってぐんぐん廊下を歩き出した。
「行くのなら早くいたしましょう。 時間の無駄です」
 後について小走りに歩きながら、エマが叫んだ。
「どこへ行くかわかってないでしょう? 私たちが案内しますから、そんなに急がないで!」
「さあみんな、松明〔たいまつ〕をつけろ! 昼間のように明るくして、魔物をあぶりだしてやろうぜ!」
 庭師頭が号令をかけ、皆が続いた。 どうやら彼のほうが、家令のジェデオンより人望があるようだった。


 エマとベットが、おびえながらも何とか一行を導いていったのは、館の裏手を下って川沿いに少し行った林の中だった。
 夕方から風が出ていて、ぶなと白樺が混在した林に近づくと、葉が揺れ、枝がぶつかるざわざわした音が大きくなってきた。
 鬼が出なくても、けっこう不気味な光景だ。 十一人で来た即席部隊は、小さな林をぐるりと取り囲み、じわじわと輪を縮めて、中に何かいても逃げられないようにした。 林の中には、昔の炭焼き小屋が残っていて、今では薪と石炭の倉庫になっていると、庭師頭がミレイユに教えた。
「だから、悪者が隠れているとすれば、あの小屋でしょう。 ほんとの鬼で、地面を割って逃げることができるんなら別だが」
「まだ小屋にいるとは限らない」
 不意に後ろからジェデオンの苦々しい声がした。 ミレイユは驚いて飛び上がりそうになった。 辺りが暗いから、松明を離れるとよく見えなくて、家令がとっくに前方へ進んでいると思っていたのだ。
「しっ、注意して」
 好奇心でついてきたマルロー夫人が、恐ろしげに囁いた。
「今、聞こえませんでした?」
 たちまち周囲は静まり返った。 男たちも固まったようになって、エマとベットが訴えた獣の唸り声を、風の中に聞き取ろうとした。
 一分ぐらいも、そうやっていただろうか。 だが、危険な響きのある音は、耳に届いてこなかった。 こわがっているマルロー夫人の空耳だったらしい。
 庭師頭は、ジェデオンではなくミレイユの顔を見て、指令を待った。 周りの男たちも同様だった。
 それでミレイユは決意した。 人々を引き連れて、そっと黒い影のような小屋に向かい、正面口の前に立った。
「中を見ましょう。 扉には鍵が?」
「いいえ、掛け金がかかっているだけです」
「では、あなたが掛け金を外してください。 助手の、えぇと、クロードさんが戸口のこちらに立って、危険がないように守ってあげて」
「はいっ」
 そばかすだらけのクロード青年は、名前を覚えていてもらった嬉しさに大きな笑顔になって、戸口の横に張り付いた。







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