表紙

 -43- 恐怖の元は




 ミレイユは目を丸くした。
 一年半前の、まだおびえた女学生のころなら、鬼と聞いただけで縮み上がったかもしれない。 だが幸せな結婚をし、身分が定まり、夫に励まされて元気がついた今、自分でも驚くほど心が強くなっていた。
「鬼……なの? 悪魔ではなく?」
 娘たちは顔を見合わせ、マルローが代わりに助け舟を出した。
「この付近には、中世からの伝説がありましてね。 三代目の領主が戦いに負けそうになったとき、不意に地が裂けて、中から背中にはうろこ、頭には牛の角が生えた鬼が、ひづめのついた足で飛び出してきたんですと。 それを見た敵兵が腰を抜かして逃げ去り、領主は無事で、土地も略奪を受けずにすんだんです」
「それじゃ、鬼はこの領地の味方なのね」
 悪者ではないじゃないか、とミレイユは拍子抜けした。 だが、伝説には後があった。
「そこで話が終わればよかったんですけどね、鬼は領主に甘やかされてつけあがり、作物を荒らし回ってほとんど食べてしまったあげく、怒った村人が追うと、村娘をさらって逃げたそうです。 また地面を裂いて、地中深くに」
 なるほど。 そんな伝説を聞いて育った地元の娘が、鬼を怖がって逃げようとするのは無理ない。 真っ暗な地面の底に連れていかれるなんて、何より怖いことだ。
 ミレイユは、少し考えたあげくに提案した。
「怖がる気持ちはよくわかるわ。 特に、夜に見たら。 でも昼間なら、そんなに怖くないでしょう?」
 娘たちはまた顔を見合わせ、おびえた表情になった。 ミレイユはできるだけ明るい声を出して、二人を説得した。
「どこでその鬼を見て、唸り声を聞いたか、案内してくれる? マルローさん、力のある男の人を何人か集めてください。 これから探しに行ってきます」
 楚々とした若奥様が、突然勇ましいことを言い出したので、マルロー夫人は驚き、喜んだ。
「まあ奥方様、大丈夫でしょうか?」
「実は私も怖いけれど」
 ミレイユは本音を吐いた。
「旦那様が留守なので、館の責任は私にあります。 何か出るなら、追い払っておかないと。 密猟者が鬼の伝説を借りて、悪さをしているのかもしれないし」
「そうですね、ほんとに」
 にぎやかなことが好きらしいマルロー夫人は、すっかり張り切って、男の使用人を呼びに行った。


 もしまた鬼に出くわしたら、と泣き出しそうな洗濯係と台所女中をなだめながら、ミレイユがマルローの帰りを待っていると、外に通じる回廊の扉が不意に開いて、いかめしい顔の家令ジェデオンが入ってきた。
「奥方様」
 いんぎんに一礼すると、ジェデオンは返事を待たず、すぐ用件に入った。
「お一人で鬼退治に行かれるとか。 何が起きるかわかりませんから、わたしもお供いたします」
 また仕切るつもりだ。 ミレイユはうんざりしたが、仕方なく微笑んだ。
「一人ではなく、使用人の人たちと見に行きますが、あなたも来てくれれば心強いわ」
 ジェデオンはかすかに目を細めた。
「わたしは殿様に館の管理を任せられております。 このようなことをなさるときには、前に一言ぜひお知らせ願いたいと思います」







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