表紙

 -41- 寂しさの中




 家令の言葉を頼りに、ミレイユは食事室へ行くのをやめて、再び階段を駆け上がった。
 寝室に行けば、どこかに夫の伝言メモが残されていると期待した。 だが、整然と片付いた寝室のどこにも、そんなものはなかった。
 念のため、ミレイユはジェルメーヌを呼んで訊いてみた。
「ね、どこかに紙切れが置いていなかった? 旦那様の書いたものは?」
 ジェルメーヌは驚いて、一緒に探してくれた。
「私は見ませんでした。 まさか暖炉を片付けに来た女中が、ごみと間違えて持っていったなんてことはないでしょうけど」
 隅から隅まで探しても何一つ発見できなかったミレイユの悲しそうな顔を見て、ジェルメーヌは階下まで部屋女中を探しに行ってくれた。
 でも、結果は同じだった。 部屋には焚きつけ用の細く切った紙しかなかったし、それは暖炉の上の筒に入っているから触っていない、と、女中は断言したという。


 やはり伝言はなかった。 割り切れない気持ちで、ミレイユはゆっくり食事室に行った。 しかし食欲はまるでなく、ねずみのようにパンとチーズを少しかじっただけだった。


 昼過ぎになると、園遊会に招待された人々からお礼状が届きはじめた。 みな一様に、楽しかった、充実した一日だったと褒めちぎっていた。
 返礼に晩餐会や音楽会、慈善食事会などの招待状が同封されているものが多く、ミレイユは溜息をつきながら整理を始めたが、やがて手も心も疲れて、机に頬杖をつき、膝に手をかける仔犬を撫でながら、ぼんやりと外を眺めた。
 テオフィルがいないと、こんなに屋敷が空虚に感じられるものなのか。
 昨日の夕方に片付けきれなかった園遊会の名残を、下働きが運んでいるのが見える。 ねぎらいに行くべきかと思った。 でもジェデオンが出てきて、手を振って指示しているのが目に入って、降りていく気が失せた。
 家令に嫌われる訳は理解できる。 まだ二十歳にもならない奥方が急にやってきて、これまで数十年仕切ってきた屋敷の采配〔さいはい〕を奪われたとしたら、自分だっていい気持ちはしないだろう。
 ただ、ミレイユのほうもジェデオンを好きになれないのが問題だった。 彼の怒りは我慢できるにしても、重い瞼の下にひらめく計算高そうな光が嫌だ。 誠実なマリオットと比べると、ジェデオンの慇懃な態度の裏に隠れた、ある種の陰険さが、いっそう強く感じられた。
 そうだ、マリオットさんがいる!
 ミレイユは少し元気付いた。 彼はいまや、テオフィルの秘書として事務処理をしているはずだ。 急に届いて夫を怒らせた手紙のことも、何か知っているかもしれない。
 訊いてみよう。
 ミレイユは、ぴょんと椅子から飛び上がり、ショールを羽織って一階に急いだ。







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