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突然の外出
手紙を引き裂いただけでは済まず、くしゃくしゃになるまで握りつぶした後、テオフィルは暖炉に近づいた。 夏の盛りとはいえ、北フランスの地は夕方になると十五度を切ることがある。 その日も夕方になると北東の風が強くなり、急に気温が下がったので、気をきかせたジェルメーヌが着替え用に暖炉の火を入れさせていた。
中ぐらいに押さえた炎の中に、伯爵はぼろぼろになった手紙を放り込んだ。 燃え尽きるのを見つめている彼の目は、火と同じようにいぶって見えた。
ミレイユは気おくれして、何が書かれていたか夫に訊くことができなかった。 後になって、あのとき勇気を出して尋ねていたら、と深く後悔したのだが。
間もなく、テオフィルは大きく一息ついてから、苦い笑いを浮かべてミレイユを振り返った。
「大丈夫だよ。 そんな顔をしないでくれ。 君には何の関係もないことだ。 心配しないで」
ミレイユはうなずき、夫の機嫌が直ったことにホッとして、身軽に立ち上がった。
夕食までに、彼はすっかり平静を取り戻していた。 夫婦二人でいつものように楽しく食事を取り、くつろいで寝室に上がる階段で、そっと手をつないだ。
「さっきも言ったけど、今日の君はすばらしかったよ。 上品に挨拶して適度にしゃべり、会話を誘って後は静かにしている。 鮮やかな社交術だとマリオットが舌を巻いていた」
「社交術なんて」
ミレイユは困ってしまった。
「私には、あれしかできなかったの。 逃げ出すわけにはいかないし」
その言葉に、テオフィルは低く笑い出した。
「君が逃げてしまわなくてよかったよ。 わたし一人ではどうしようもなかったからね」
「あら、あなたなら立っているだけで威厳があるもの。 周りが気を遣ってくれるわ」
「そうか、立って偉そうに首を振っていればいいんだな。 確かどこかに、そういう人形がなかったっけ?」
珍しく冗談を言うと、テオフィルはにやっとした。 どうやら機嫌は完全に直ったらしい。 ミレイユは嬉しくて、つないだ手に力を込めて微笑んだ。
だが、幸せな気持ちは翌朝までだった。
前日の疲れでミレイユが昼前にようやく目をさましたとき、すでに伯爵の姿は隣にはなく、着替えて降りていくと、通りがかったジェデオンに告げられた。
「おはようございます。 殿様は朝食を済ませた後、二時間ほど前にお出かけになりました」
「どちらへ?」
ジェデオンは、厚い瞼の目を伏せた。
「おっしゃっていかれませんでした」
「そう」
ミレイユは寂しさを隠した。 この屋敷に来てから、一人で外出するとき夫はいつも、どこへ行くか言ってくれていたのだ。
気を取り直して、ミレイユは問いを続けた。
「いつお帰りになると?」
「四日ほどかかると言われました」
「え?」
顔色が変わるのが、自分でもわかった。
「そんなに? 妙ね。 外泊されるなら、必ず教えてくださったはずなのに」
「ではきっと、お部屋に伝言を残されているでしょう」
ジェデオンはこともなげに答え、一礼して通り過ぎていった。
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