表紙

 -39- 不吉な手紙




 ジェデオンはともかく、館の他の職員はみんな協力的で、園遊会の準備は順調に進んだ。
 招待状を送った相手も、ほとんどが出席の返事をくれた。 新しい伯爵夫人をじかに見たいという好奇心であふれているらしい。


 園丁頭は部下だけでなく臨時雇いまで使って樹木や花壇を整え、ちり一つなく清掃した。 その美しい庭に、当日の朝、鋳物のベンチや椅子、テーブル、パラソルなどが次々と運び出され、催しのテントも設置された。
 酒の飲めない人や子供たち用に、ジュースやラタフィアの準備も整った。
 伯爵と夫人は盛装して、玄関先に並んで出迎えた。 客たちは馬車や馬で次々と到着し、主人夫妻に挨拶した後、晴れた午後の庭園に案内されて、陽気な楽団の演奏や、傘を持った綱渡りの芸を楽しんだ。
 ミレイユはすっかり覚悟を決め、笑顔をたやさずに人々と語り合った。 というよりむしろ、聞き役に徹した。 自分の話をしたがる人は多い。 だから忍耐強ければ、耳を傾けているだけで場を白けさせないですむ。
 この態度は、特に中年以上の男性に好評だった。 謙虚で奥ゆかしい若奥さんとみなされて、ミレイユの評判はうなぎ上りになった。
 一方、若い令嬢たちは彼女を遠巻きにしていた。 パリ仕立ての服はしゃれていて高価だし、着ている本人も想像以上に美しく、おまけに口数が少ないとなると、どうにも近づきにくかったのだ。
 その母親たちは、二種類に分かれた。 後ろ盾になってもらおうと懸命に話しかけて、お世辞を言う一団と、ねたましくて冷ややかな態度を取り、こそこそと陰口を叩き合っている連中だ。 後、数は少ないながら、損得なしで温かい笑顔を向けてくる婦人たちもいた。
 客たちが連れてきた子供たちは、親に比べれば無邪気なものだった。 目隠し鬼や樽の輪回しに興じ、小さな羽根とラケットを使って陽気に打ち合って、賞品を争った。


 午後一時半から始まった園遊会は、軽食と飲み物でもてなされた客たちが充分満足して終わった。
 最後の客が五時過ぎに帰っていくと、そこまでちゃんと会に付き合ってくれたテオフィルは、ほっとした様子で襟飾りをはだけ、シャツの上ボタンを外しながら階段を上がった。
 彼に寄り添って寝室に入ったミレイユを、ジェルメーヌが手助けして服を脱がせた。
「ありがとう、やっと息がつけるわ」
「さぞお疲れでしょう。 でもお見事でしたよ。 皆様ご機嫌でお帰りでしたわ」
 同じ部屋で、新しく雇った近侍〔きんじ〕のミシェルに手伝わせて、ぴっちりしたベストを体からはがしたテオフィルも、大きく息をした。
「まったく正装ってのは、どうしてこんなにきついのかな」
 そのとき、廊下を靴音が近づいてきて、執事のジェデオンが重々しく顔を見せた。
「失礼します。 今、使いの者がこれを持参いたしました。 緊急の用だということで」
 テオフィルは眉を寄せ、丁寧に封印を押した手紙を受け取った。
 そして中を開いたとたん、しかめた顔がいっそうきつくなった。 少し日が翳ったため、光を求めて窓辺に行くと、手紙を二度読み返し、それから思いがけないことをした。
 力を込めて、真っ二つに引き裂いたのだ。


 ミレイユは驚き、少しびくっとなった。 大柄だがとても穏やかな伯爵が、露骨に怒りを見せたのは、これが初めてだったのだ。






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