表紙

 -38- 親切と憎悪




 付き合いの広いマルロー夫人は、近くの使用人仲間から情報を集めて、翌日にはもう招くべき人の表を作っていた。
 彼女の知らせで、区画の神父が自分から会いに来た。 先週の日曜日に伯爵が教会へ来なかったため、遠慮してこれまで訪問しなかったのだという。
「先代の伯爵は、奥方が消えて以来絶対に教会には姿を見せられなくなりましてな」
 太めで人の良さそうな神父は、一階の居間に招き入れられて、汗を拭きながら温和な態度で説明した。
「当代の殿様は時々お参りに来られます。 告解はほとんどなさいませんが」
「わざわざおいでいただいて、ありがとうございます」
 ミレイユはかしこまって言った。
「地元の方々とお知り合いになりたいので、園遊会を開くことにしました。 それで、神父さまが面倒を見ておられる不幸な子供達を招待したいと思ったのです」
「それはそれは」
 エライユ神父は目を大きく開き、改めて華奢〔きゃしゃ〕な若夫人を見直した。
 出迎えた彼女を最初に見たときには、こんなに美しい『お飾り』がこの世にいたのか、という感想だった。 つまり、美化された天使の肖像画を思わせる美貌で、若すぎるし、大事にされて何も知らないお姫様のような印象だったのだ。
 それが、口を開くとまったく変わった。 静かな柔らかい声には知性があり、視線は真面目で誠実だった。 これは天使というより聖母像に近いな、と、神父は密かに考えた。
「確かに何人か面倒をみております。 招いていただけるとはありがたい」
「それで、子供達を楽しませるには、どういう工夫がいいでしょうか? 近くの町に曲芸団がいるというので、雇おうと思うのですが」
「なるほど、子供だけでなく大人も楽しめるでしょう。 では他に、ちょっとした競技などはいかがですか? 袋競争や弓技などは?」
 弓? ミレイユは耳をそば立てた。 実は弓が得意なのだ。 というより、剣や拳銃は触らせてもらえなかったので、屋根裏で見つけた弓を密かに練習していたというのが事実だった。 身を守る技術を何か習得しておきたかったのだ。
「そういう余興はいいですね。 ところで、袋競争とは?」
 神父はにこにこして説明した。
「大きな穀物袋がありますよね。 あの中に両足を入れて脇を持ち、飛び跳ねて進むんです。 早くゴールに入った者が勝ちで」
「まあ、面白そうだこと」
 五分もしないうちに、ミレイユは親切な神父に心を許し、二人は額を寄せて、楽しげな園遊会の計画を練った。


 うまく周囲を巻き込んで、園遊会の準備は着々と進んだ。 ワインなど飲み物は執事のジェデオンの受け持ちで、彼と相談するしかなかったが、ジェデオンは相変わらず冷ややかで、自分から進んでミレイユに協力することはなかった。
「すべて奥方様のおっしゃるとおりにいたします。 選んでいただければ」
 そう言う目の奥が皮肉に光る。 青くさい小娘にワインの良し悪しがわかってたまるか、とあなどっているのが、全身に表れていた。
 ただ彼は、故侯爵夫人がどれだけきちんと又姪をしつけたか知らなかった。 この地方の銘柄はさすがにわからなかったにしろ、シャンパンやブランディーの一級品はちゃんと記憶している。 ミレイユは迷わずに次々と選び出し、ジェデオンの表情が変わったところで、夫に教わった切り札を出した。
「ではカルヴァドス(りんご酒)は、この有名なアラス産で」
「かしこまりました」
 一拍おくれて頭を下げた後、ジェデオンは目を細めて女主人を見返した。 その眼には、憎しみに近いものが宿っていた。






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