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見知らぬ男
馬と触れ合い、馬番ともうまく話のできたミレイユは、いっそう気分がよくなって、もう少し足を伸ばすことにした。
向かった先は、裏手で水音を立てている川だった。 昨夜初めて目にしたときは、外が暗くてなんとなく不気味な雰囲気だったので気になったのだが、いざ屋敷をぐるりと回って川べりに出てみると、そこには緑の草が濃く茂り、きんぽうげやルピナスなどが咲き乱れて、柳の木も川面に影を映す、なかなか優雅な景色だった。
「昔はこの川を背にした頑丈な砦〔とりで〕だったんでしょうね」
気持ちのいいそよ風を浴びながら、ミレイユが言うと、ジェルメーヌは周囲を見回して、現実的な意見を述べた。
「普段はいい所ですが、大雨になったら水かさが増して、橋が危なくなるんじゃないですかね」
「そうかもしれないわ」
河の傍に住んだことがないミレイユは、あいまいにうなずいた。
その目に、ふと動く物が映った。 反射的に視線を上げると、右へうねる川筋のゆるやかな角に生えたブナの木の根元に、若い男がうずくまっているのが見えた。
彼は脱いだ帽子を小脇に抱え、もう片方の手に野草の花束を持って、一輪ずつ流水に投げていた。 そして、すべての花を流し終わると立ち上がり、乱暴に目をぬぐって、帽子を頭に載せた。
そのとき、ようやく彼はミレイユたちに気づいた。 どきっとした様子で一歩足を引いたが、そこで気を変え、胸を張ってすたすたと近づいてきた。
男の顔が緊張していたため、ジェルメーヌはとっさにミレイユの前に回りこみ、盾になった。
「誰です?」
若者は帽子を握りつぶすほど強く胸の前で掴み、地味な声を出した。
「あの、怪しいもんじゃないです。 ただ、ニネットのことをお訊きしたいだけで」
ニネット?
ミレイユとジェルメーヌは顔を見合わせた。
ジェルメーヌの肩越しに、ミレイユが応じた。
「悪いけれど知らないの。 私たちは昨日、ここに着いたばかりだから」
若者は二人を交互に見つめ、あっと小さな声を立てた。
「あれ、もしかするとこちらに嫁入りなさった……?」
「ええ」
優しく答えたミレイユに、若者は必死な眼差しを向けた。
「じゃ、そのうち耳にされます。 でも信じないでください」
「何を?」
ジェルメーヌが、不信感をあらわにして若者を睨んだ。
だが、彼はミレイユから目を離さず、振り絞るように言った。
「噂なんか、真っ赤な嘘です。 ニネットは殿様を尊敬してました。 立派な方だ、おれとの縁組にも賛成してくれたって、喜んで言ってました」
それから、爆発的に叫んだ。
「あの子が自殺なんかするわけない! 神様の教えを心から信じてたんだ!」
そして、あっけに取られた女性二人の前から突然走り出し、みるみる遠ざかっていった。
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