表紙

 -33- 立派な屋敷




 初めは十七、八の小娘と見くびられていたかもしれないが、最初の日に精一杯頑張ったことが、やがて報われた。
 ミレイユが大貴族の妻としての役目を真剣に果たそうとしている意気込みは、雇い人たちに伝わったし、家事取締りの基礎ができていることもわかったようだった。 だからじきに、ミレイユ中心の日課が出来上がり、女中頭のマルローも料理番のマルシャンも、ミレイユの意見を聞いてから動くようになった。
 使用人たちは優秀だった。 ミレイユが知るかぎり、皆おだやかでよく働く。 新しく来た年若い妻を敬遠するそぶりはなかった。
 ただ、家令のジェデオンだけは、相変わらず近づきにくかった。 決して失礼な態度を取るわけではない。 しかし、見えない壁が確かに存在した。


 着いた翌日は雨が上がって晴れたので、今日こそ屋敷の全景を見たいと思い、ミレイユは料理人との話が終わった後、ジェルメーヌを連れて正面玄関から外に出た。
 振り向くと、予想した以上に壮麗な屋敷が見えた。 大部分は砂岩でできていて、縁にクリーム色の大理石が使われ、補強と飾りの役目を果たしている。 三階建てで、少なくとも百は部屋がありそうな、堂々とした押し出しだった。
 ミレイユは息を奪われ、端整な館をうっとりと見つめた。
 背後でジェルメーヌも感動した声を出した。
「立派なお屋敷ですね」
「革命騒ぎでも、あまり傷つけられなかったようね。 本当に上品だわ」
 それから二人して、屋敷を右向きに回った。 母屋から低い塀でつながった長方形の建物があり、馬車置き場と馬屋だとわかった。
 旅行で使った大型馬車と荷馬車を入れて、四台も収納容されていた。 残りの二台は、ピカピカの二頭引き四輪馬車と、軽快な一頭引き屋根なし馬車だった。 みな新しく、手入れがいいのは、持ち主が相当の収入を持つ証しだった
 壁を挟んだ馬屋はとても大きく、左右にずらりと仕切りが並んでいて、ほぼ全てから馬の顔が覗いていた。 見覚えのある立派な馬車引き馬、脚に飾り毛のある巨大な農耕馬、そしてつやつやした乗馬用の馬たちだ。
 動物が好きなミレイユは、思わず笑顔になって、さっき厨房から持ってきた人参と角砂糖を取り出した。
「こんなに沢山いたのね。 これじゃ足りないわ」
「お気をつけて。 気の強い馬は、指を噛むかもしれません」
「用心するわ」
 新しい女主人の声を聞きつけたのだろう。 馬番が奥から現われて帽子を取った。
「奥方様」
「こんにちは。 長くはお邪魔しないわ。 馬と知り合いになりたいの」
「それじゃ、どうぞこちらへ」
 馬番はうやうやしくミレイユを、乗馬用の馬の囲いに案内した。
 そこは粒ぞろいだった。 ポニーしか乗ったことがなくても、幼いころから立派な馬を見て育ったから、ミレイユには評価する目があった。
「この黒鹿毛〔くろかげ〕は見事ね」
「殿様のです。 タイタスという名前で」
 主人を古風な敬称で呼ぶ馬番は、とつとつと付け足した。
「去年脚を引きずってまして、飛節〔ひせつ〕じゃないかと心配したんですが、殿様が丸一時間もかけて調べて、細長いとげが埋まってるのを見つけなさったんです。 それで助かったってわけで」
 彼の口調には、伯爵に対する尊敬と愛情がうかがわれた。
「すばらしいわ」
 自分のことのように嬉しくなったミレイユは、静かな眼で見下ろしている馬にほほえみかけた。
「少し人参をやってもかまわないかしら?」
「喜ぶと思いますよ。 タイタスは気が優しいから、じかにやっても噛んだりしませんし」
 そこでミレイユが手を伸ばし、細い人参を差し出すと、タイタスは首を二回振り、上手にそっと口にくわえた。






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