表紙

 -31- 同じ寝床に




 やや遅く取った夕食は、晩餐というほど大げさなものではなく、できた料理を一度に運んできて選んで食べる、例の形だった。 テオフィルは気取らないのが好きらしい。
 食事が終わって一時間後、寝支度を終えたミレイユの部屋に、テオフィルがすべりこんできた。 ミレイユはためらわず、すぐ立ち上がって彼の腕に身を預けた。


 明け方の光が差し込んできたときも、テオフィルはミレイユに腕を巻きつけたまま、同じ寝床で眠りに落ちていた。
 ミレイユは嬉しい気持ちに襲われた。 夫が傍にいてくれると、心から安心できるのだ。
 それにしても、左肩を下にして寝ていると背中が痛くなってきたので、ミレイユはそっと姿勢を変えようとした。
 すぐ、テオフィルの瞼が半分開いた。
 輪郭のしっかりした彼の眼は、日により場所によって栗色にも金茶色にも見える。 そのときは、カーテンがまだ閉まっていて薄暗いせいで、ほとんど黒に近かった。
「今度はわたしが寝坊したか?」
 ミレイユは笑って、脇机にある優美な置時計に目を凝らし、ぼんやりと見える針を読み取った。
「まだ六時前だわ」
「早起きだな」
 ミレイユは仰向けになり、浮き彫りが謎めいた影を作る天井を眺めた。
「ここがこれから私の住む部屋になるのね」
「ここだけじゃない。 屋敷中のどこでも、自由に使ってかまわない。 ただ私に、向かいの寝室と書斎を残しておいてくれれば」
 冗談とも本気ともつかない言い方に、ミレイユは低く声を立てて笑った。
 すると、テオフィルは体を起こして座りなおし、妻の頬に片手を当てた。
「君の笑い声を初めて聞いた」
 驚いて、ミレイユは真顔になった。
「本当に?」
 夫の指が、顎から耳にかけて柔らかく撫で上げた。
「もっと笑ってごらん。 かわいい声だ」
「昔は笑いじょうごだったの。 フィリックスという大きな犬と一緒に、しょっちゅう庭を駆け回っては、ふざけて遊んでいたわ。 犬が老衰で死んだときには、三日間泣いてばかりいたけど」
「犬か」
 不意に何か思いついたように、テオフィルは目を輝かせた。
「大きなのが好きなのかい?」
「大きくても小さくても。 犬は温かくて優しいから」
「そんな犬ばかりじゃないけどな。 父の飼っていた猛犬を見せたかったよ」
「噛んだの?」
「いや」
 そう言ってから、テオフィルは吹き出した。
「実はすごく怠け者のウルフハウンドだった。 でも要領が良くて、父が階段を下りてくる音を聞きつけると、とたんにしゃんとして吠えたり歩き回ったりするんだ。 父はご機嫌だったよ。 騙されていることも知らないで」
「かわいいわ」
 思わずそう言ってしまい、ミレイユも小さく笑った。






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