表紙

 -29- いざ屋敷へ




「お父様は再婚なさったの?」
 ミレイユがそっと訊くと、テオフィルは口を結んで、さっきよりも激しく首を振った。
「いいや。 母がどこへ行ったかわからないうちは再婚できなかった。 する気があったとも思えない。 女は信用できないと、酔ってよくわめき散らしていたからな。
 どっちみち、行方不明で死亡推定が認められる七年後まで、父のほうも生きていられなかったんだ。 わたしが十四になった年の冬に、風邪から肺炎になって亡くなった」
「お気の毒に」
「まったくだ」
 わずかに皮肉の混じった調子で、テオフィルは呟き、きれいに切りそろえた爪を見つめた。
「当時私は、パリ郊外の寄宿学校に入れられて三年目だった。 父の急死で呼び戻されたとき、家計はめちゃくちゃで、土地関係の書類がどこにあるかさえわからなかった。 幸い、盗まれも紛失もせず、なぜか下着入れの中から見つかったが。
 それからは、私が否応なく自分で処理することになった。 もう呑気に学校に行く時間はなく、さっきの男と同級だったのも二年と少しだけだ」
 彼には近い親戚がいないと聞いたことを、ミレイユは思い出した。
「では、まだ少年だったあなたが、一人で領地をたて直したのね」
「一人では無理だった。 君の大叔母上が、昔仲良しだったという母のよしみで、優秀な管理人を紹介してくれたのさ。 パリで学校に入っている間も、わたしを気遣って、故郷に戻れない短い休みには、よく屋敷へ招待してくれたものだ。 大切な恩人だった」
 私にも本当にそうだった──ミレイユの目がうるんだ。 それに気づいたテオフィルが肩を抱き寄せ、二人は寄り添ってモンルー侯爵夫人をしのんだ。


 この告白で、二人の親近感は高まった。 どちらも同じように、侯爵夫人に護ってもらった時期があるということがわかって、ミレイユはますます彼を他人とは思えなくなった。
 翌朝、出発のため一階に下りてみると、前日のうちにジョスランは宿を発っていて、姿はなかった。
 その日は少し荒れ模様だった。 馬車が走り出して間もなく、外は風が吹き荒れ、ときどき激しい雨が屋根を叩いた。
 それでも頑丈な馬車はびくともしなかった。 テオフィルがびしょぬれで馬を駆る御者を気遣って、途中で二度、道筋の宿屋や酒場で休ませたため、到着が少し遅れ、日が暮れてからになったが、ミレイユはそんな夫に感心して、文句一つ言わなかった。


 暗い中でも、アランブールの屋敷は堂々としていて、いかにも立派な押し出しだった。
 使用人たちは、伯爵の帰りを待ちかねていたらしく、馬車が玄関横に止まる前から何人も走り出てきて、大雨をいとわずにかいがいしく馬を外し、荷物をせっせと降ろした。
 玄関の段の上にも、屋敷内の人々が列をなした。 先頭に立っている黒髪のいかめしい男性は、たぶんテオフィルから話に聞いた家令のジェデオンだろう。 パリ屋敷のアラン・ボノム家令と違って偉そうで、ミレイユは内心おじけづいた。






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