表紙

 -25- 宿屋に用心




「いやー、本当にめでたいよ。 それで、いつ式を挙げた?」
「昨日だ」
「なんと!」
 ジョスランはますます驚いた。
「結婚したてのほやほやなのか」
「そういうことだ」
 テオフィルの落ち着いた返事に、ジョスランは大きく首を振ってミレイユにうなずいてみせた。
「こういう男なんですよ。 領地にべったりで、すぐ帰りたがる。 うっかりするとあなたも付き合わされて、ずっと田舎に引きこもりになりますよ」
 楽しくなって、ミレイユは笑顔を見せた。
「かまいません。 静かなところが好きなので」
「ほう、声もお綺麗だ」
 ジョスランは話の内容より、ミレイユ観察に忙しいようだった。
 自分がいると、仲間内の話ができにくいんじゃないかと思ったミレイユは、ジェルメーヌが二階から荷物運びの従僕と共に降りてきたのを目にして、いい機会だと座を外すことにした。
「侍女が来ました。 上に行きますから、後はお二人でごゆっくり」
「待ってくれ」
 鋭い目を光らせて、テオフィルも立ち上がった。
「ついていこう。 宿屋はいろんな人間が出入りするから、注意が必要だ。 ジョスリン、いつまでここにいる?」
 目をぱちくりさせながら、子爵が答えた。
「今夜ここに泊まって、明日の朝パリに向かうつもりだが」
「すれ違うところだったんだな。 じゃ、今夜夕食のときに、ここでゆっくり話さないか?」
「わかった。 じゃ奥方、また夕食時にお会いしましょう」


 ひとまずジョスランと別れて、伯爵夫妻はジェルメーヌを伴い、二階の部屋に向かった。
 中はまあまあの広さで、清潔だった。 しかもジェルメーヌと従僕がきちんと荷物を並べ、必要な身の回り品は既に出してあった。
「ありがとう」
 ミレイユは喜んでジェルメーヌに礼を言った後、夫の大きな荷物がないのに気づいた。
「あなたは隣り?」
「ああ……」
 とたんにテオフィルの歯切れが悪くなった。
「そのほうが、君がよく眠れるかと思って」
 ミレイユが扉を開けて隣室を覗いてみると、そこは控えの間という印象で、こちらよりずっと狭かった。
「いけないわ、あなたは当主だし、体も大きいのに、部屋が私のほうが大きいなんて。
 ね、部屋を取り替えるか、あちらを控え室にしましょう」
 テオフィルの目が、部屋の壁際にすえつけられた大きなベッドに向いた。
「そうだな」
「そうよ」
 夜はまだ寒いし、と言いかけて、ミレイユはハッとなった。 こんなことまで言い出すなんて、短い間に大胆になったものだ、と、自分が信じられなかった。
 一つ大きく息をつくと、テオフィルはベッドにどしんと腰をおろし、弾力を確かめた。
「じゃ、こっちを二人で使おう。 ジェルメーヌ、隣りを使いなさい」
「はい、御前様」
 表情を崩さないまま、ジェルメーヌは丁重に答え、自分用の鞄を取って、扉の陰に消えた。
 その前に、整った口元が揺れて微笑みそうになるのを、ミレイユは確かに目撃した。






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