表紙

 -22- 寝過ごした




 翌朝、ミレイユは寝坊した。
 そんなことは、近年初めてだった。 ぼんやりと目を開くと、部屋中に光が満ちていて、焦った。
 飛び起きたとたん、小間使いのジェルメーヌが入ってきて、そそくさとベッドに近づいた。
「お目覚めですね? 御前様が確かめてこいと」
 ミレイユは真っ赤になった。 もう夫はとっくに起きていたのだ。 しかし、反射的に隣を見ると、敷布には皺が寄っていて、枕にも凹みが残っていた。
 昨夜、彼が横に寝ていたのは夢ではなく、確かな事実だったのだ。
「今、何時かしら?」
「九時四三分です」
 何てこと!
 ミレイユは口に手を当てた。 七時に起きて八時には食事を終え、九時半に出発する予定だったのに。
 彼女の困った様子を見て、ジェルメーヌが慰めた。
「ご心配なく。 御前様がおっしゃっていましたが、午前中に出発できればかまわないそうです」
「寝過ごすなんて」
 まだミレイユは自分が信じられなかった。
「早く出なければならないのがわかっていたのに」
「お疲れだったんですよ。 気を遣う婚礼の翌日ですもの」
「急がなければ」
「そうですね。 どの服になさいます?」
「薄青で襟に刺繍がついたものに」
「はい」
 いつも迷う服選びが、すぐ口に出た。 結婚して責任感が強くなったにちがいない。 ミレイユはベッドからすべり降りながら、この勢いでしっかりしようと自分に言い聞かせた。


 超速で湯を使い、髪をまとめて服を着た後、ミレイユは階段をすべるように下りた。
 従僕が、黙っていても食事室に案内してくれた。 それは昨日と同じ部屋だった。
「朝はいつも、こちらでございます」
「ありがとう」
 彼と、入り口に立っていた別の従僕に微笑を振りまいて、ミレイユは長いテーブルに生ハムや卵料理、野菜のブロスなどが並んだ食事室に入った。
 いくつか料理を皿に取って、ほぼ食べ終わったころ、庭に通じるガラスのドアが開いて、テオフィルが入ってきた。
 ミレイユはフォークを置き、はにかんだ笑いを浮かべて見上げた。
「おはようございます。 もうそんなに早くないけれど」
 テオフィルも微笑み、椅子を引いて妻の隣に座った。
「おはよう。 留守の間の指示を伝えてきたところだ。 ゆっくり食べなさい。 出かけるのは一時間後にしよう」
 そして、控えていた従僕にコーヒーを頼んでから、くつろいだ様子で椅子の背にもたれた。
「パリからアミアンまでは、そう遠くないが、それでも一三○キロほどある。 馬車で二日半の旅だ。 君は車に酔わないようだが」
「酔いません」
 数少ない長所だから、ミレイユは胸を張って答えた。 すると、テオフィルは白い歯を見せて、指で軽く彼女の頬を突ついた。
「いい子だ。 それなら一緒に乗っていっていいかな? ジェルメーヌと二人のほうが、話ができていいかもしれないが」
「いいえ、ご一緒に」
 考えるより早く、言葉が口から勝手に出た。






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