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不安と決意
初夏の太陽はだいぶ空に長居をするようになって、ミレイユが夕飯を知らされて階下に降りていったときも、まだ斜めの光を庭に振りまいていた。
気を利かせた家令のボノムが、食事室まで案内してくれた。 その部屋も窓が大きく、明るくて開放的な雰囲気だったが、広いのに正式な食堂ではないとのことだった。
「こちらはおもに、朝食室として使われております。 または小じんまりした昼食や夕食のときにも」
暖炉が二つも据えられているのに小じんまりとは、とミレイユは驚いた。
中央に置かれたテーブルも大きくて長く、堂々としていた。 夫と妻は、正式には端と端に向かい合って座るのが決まりだ。 でも食べるのが二人だけなので、席は上座とその横に用意されていた。
大きな声を出すのが苦手なミレイユは、椅子の配置を見て胸を撫で下ろした。 長いテーブルの彼方から声を張り上げて話すのでは、どんな料理でもまずくなりそうだ。
従僕に先導されてミレイユが座ろうとしていると、奥の扉が開いてテオフィルが入ってきた。 彼も身なりを整え、大柄な体をグレイの濃淡の服に包んで、近づきがたいほど立派に見えた。
ただし、料理の出し方は略式で、一品ずつ運んでくる正餐ではなく、まずチコリ入りの野菜スープが出た後は、ワゴンで主要料理とパンがまとめて運ばれ、気楽に好きなものを選ぶことができた。
ミレイユはこのやり方が好きだった。 従僕が深皿や煮込みの入れ物を持って回るのを、必要なだけ取ればいいので、無駄がない。 残った料理は使用人たちで分けられる。
食事はさっぱりした味で、もたれず美味だった。 日頃あまり食べないミレイユでも食が進んだ。
テオフィルはなめらかに料理を口に運びながら、妻に話しかけた。
「寝室は気に入ったかい?」
「ええ」
ミレイユは本心でうなずいた。
「上品で、しかも使いやすいわ」
「それはよかった」
少し間を置いて、彼はいくらか早口になった。
「明日の出発で、急がせてすまない。 だから今夜はひとりでゆっくり休みなさい」
ミレイユの視線が、手入れのいい銀製の皿に落ちた。
不意にヒレ肉のソース掛けが味を失ったように思えた。 今夜は結婚後初めての夜だというのに、夫は彼女のベッドに来る気はないのだ。
動揺すると同時に、不吉な考えが頭をかすめた。 共寝しなければ、結婚は成立しないのだ。 叔父が現れるまでそのままなら、充分に婚姻不成立の訴えを起こせる。
怖かった。 あの叔父から逃れるためなら、何だってできる気がした。 追い詰められた気持ちで、ミレイユは反射的に手を伸ばし、ナイフを巧みに使っているテオフィルの手首に重ねた。
彼は動きを止め、顔を上げた。 二人は見詰め合った。 こんなに近くで、まともに目を見合ったのは初めてだ。 彼の眼が緊張すると狭まり、茶色から金色の輝きを帯びることを、ミレイユは初めて知った。
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