表紙

 -16- 美しい屋敷




 表通りに出た馬車は左に曲がり、ル・コント通りにあるアランブール邸に向かった。
 そこでひとまず休んで新婚の夜を過ごし、旅の身支度を整えて、明日の午前中に伯爵の故郷であるアミアン目指して出発する。 少し慌しいが、彼の故郷での境界線騒ぎを早く処理するためだ。
 それに、きっとパリに駆けつけてくるジュスタン叔父をかわすことができるから、ミレイユにとっても好都合だった。


 初夏の日差しに輝く伯爵邸を一目見て、ミレイユはすっかり好きになった。 敷地は横幅より奥行きが長く、前から見るとこじんまりした印象だったが、それがかえって大げさな印象をやわらげて、クリーム色の大理石造りの建物を更に上品に見せていた。
 夫に手を取られて馬車から足を下ろした新妻が、屋敷を見て微笑んだのを見て、伯爵もうれしそうに口元を緩めた。
「初印象は?」
 開放的な白い玄関に目をやって、ミレイユは心から答えた。
「美しいわ、明るくて」
「前は黒大理石を多く使っていたんだ。 それでディアボロ(悪魔)の館といわれて、革命のときは真っ先に焼かれた」
「まあ」
 無秩序な暴動というものの恐ろしさを、ミレイユは肝に銘じた。 革命前、国の富が、あまりにも貴族階級に偏っていたことは確かだ。 だが革命を起こした人民のほうも、国全体の宝である芸術品や建造物を、値打ちがわからずに山ほど破壊し、外国に叩き売ってしまったという愚かさがあった。
「父の代になって、ようやく修理が終わった。 今度は悪魔の館とは言わせないように」
「これなら春の館ね。 それとも夏かしら」
「君が気に入ってくれて嬉しいよ」
 二人は微笑を交し合い、腕を組んで玄関前の階段を上った。


 扉を開くと、到着を知った使用人が列をなして並んでいた。 多くはないが、少なくとも十人はいる。 わざわざモンルー邸の使用人を雇ってくれたのは、伯爵の親切だったのだと、ミレイユにはわかった。
 予想より若い青年が、先頭に立って挨拶した。
「伯爵様、そして奥方様、ご結婚おめでとうこざいます」
「ありがとう」
 嬉しそうな一同に頭を振ってみせてから、テオフィルは肘に載せたミレイユの手を握りながら、紹介していった。
「こちらは家令のエリク・ボノム。 家政婦のレノア夫人に、料理人のラパラ夫人。 それに……」
 ミレイユは一人一人に微笑み返し、挨拶に応えた。 全員の名前はさすがに覚えきれなかったが、いつものようにひたすら上がることもなく、大事な人の分は半分以上記憶した。 それはたぶん、テオフィルがすぐ横にいて、支えてくれていたからだろう。


 フランスの家令はイギリスの執事ほど堅苦しくなく、特別な訓練も受けていないのが普通だ。 ボノム青年は屋敷の取り締まりというより、テオフィルの侍従と秘書を兼ねた存在らしかった。
 紹介が終わると、テオフィルはボノムと共に自分の部屋に行き、ミレイユは家政婦のレノア夫人に案内されて、二階の南側の部屋に上がっていった。
 ドアが開いて最初の印象は、何て広々してるの、という驚きだった。
「こちらが居間になっておりまして、親しい方などをお招きできます。 あちらのドアは控え室で、その向こうに寝室がございます。 そして、この反対側のドアは化粧室となってまして、最新式でお湯が出るんでございますよ」
 ふんわり太目のレノア夫人は、見かけ通り気取らなくて親切な人柄のようだった。






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