表紙

 -12- ついに婚礼




 伯爵がパリにある彼の屋敷へ急いで戻っていった後、ミレイユは三時間ほど仮眠して、明け方に目を覚ました。
 それからは大忙しだった。 体を洗って軽い朝食を取り、結婚衣裳を小間使い二人がかりで着せてもらいながら、式が終わって作る荷物の内容を、頭の中で懸命にまとめた。


 八時過ぎになって、屋敷の前庭に伯爵の紋章付き馬車が横付けになった。 もちろん花嫁を迎えに来たのだが、伯爵本人は乗っていない。 結婚前に花嫁衣裳姿を見るのは縁起が悪いと考えられていたからだ。
 ミレイユは侍女と一緒に、少しもためらうことなく黒塗りの馬車に乗り込んだ。 布が幾重にも重なったスカートを脚に巻きつけて、場所ふさぎにならないようにしながら、自分でも驚いていた。 私はアデリーヌ大叔母様を失ってからわずかの間に、なんて積極的になったんだろう。
 必要にせまられて必死になると、自分でもびっくりするほど力が出るものだと、ミレイユは改めて実感した。


 迎えが早めに来たのは正解だった。 安息日ではなく普通の日なので、道は商売に出かける大道商人その他で、すでに混み合っていた。
 そんな人だかりを上手によけて、立派な馬車はどんどん進み、四十分ほどで目当ての教会に着いた。
 客は誰もいないと思っていた。 だから、服を整えてヴェールを被り、礼拝室の扉を開いたとき、横からサッと腕を出されて、本当に驚いた。
 紺色の礼服の袖は、ひょろっと背の高い金髪の男性に続いていた。 彼は横に体を寄せるようにして、ミレイユに微笑みかけ、小声で自己紹介した。
「アラン・リシェ。 シュヴァリエ(騎士の位)です、初めまして。 伯爵のモー郊外の土地を管理しています」
 モーというのは、パリの北東にある町だ。 そこにも管理人が要るほど広い伯爵の領地があるとすれば、彼は聞きしに勝る富豪なのだろう。
「閣下が昨日使いをくださって、すっ飛んできました。 もちろん、この名誉ある役目をおおせつかるためです。 ご家族の代理をさせていただけて光栄です。 不肖の兄と思って、どうか先導させてください」
 二十代半ばと思われるアラン・リシェは、なかなかユーモアのある人物らしかった。
 そう言ってミレイユの緊張をほぐしておいてから、リシェは改めて腕を差し出した。 分厚いヴェールに隠れて表情があらわにならないので、ミレイユはおびえた顔を急いで普通に戻し、彼の細いがしっかりした腕に、そっと手を載せた。


 礼拝堂は縦長で、右側に並ぶ大きなステンドグラスから、虹色に染まった朝日が筋になって差し込んでいた。 光の中を静かに進むミレイユと付き添いを、祭壇前に並んだ正装のアランブール伯爵と、精悍な顔立ちの中年男性が、じっと見守っていた。
 ミレイユの心に、大叔母が叩き込んだ貴族の誇りが戻ってきた。 しっかりと前を向き、背筋を伸ばして顔を上げ、新たなる人生の始まりを踏み出すべく、ミレイユは胸を張って長い通路をまっすぐに進んでいった。


 誓いが無事終わり、伯爵は真新しい金の指輪をミレイユの指に嵌めた。 婚約指輪で大体の大きさがわかったのか、新品の指輪はミレイユの指にほぼぴったりだった。
 それから伯爵はミレイユのヴェールをそっと上げて、肩を挟むように触れ、前かがみになって唇を重ねた。







表紙 目次 前頁次頁
背景:Star Dust
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送