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つらい言葉
思いついたことをすべてやり終えた後、ミレイユは疲れきって、通路のところどころに置いてあるきゃしゃな椅子の一つに座りこんだ。
だが、痛む目の奥をなだめるために鼻梁〔びりょう〕を揉むひまもなく、階段を従僕が大股に上がってきて、訪問客を告げた。
「モンシャルム子爵様が、又お見えになりました」
えっ?
ぎょっとなって、ミレイユはよろめきながら立ち上がった。
「子爵様が……?」
「はい」
なんということだろう。 急ぎの手紙を出してから、四時間ほど経っている。 受け取って読んで、すぐ駆けつけてきたのだろうか。
でも、なぜ?
ミレイユは、何時間も奮闘したため肩に垂れ下がった一筋のおくれ毛を、ふっくらと結い上げた髪に押し込みながら、あたふたと一階に下りていった。
子爵は椅子に座らず、両手を背中で組んで、うつむき加減に歩き回っていた。
ミレイユが急いで、開いたままの戸口から入ると、彼はぴたっと立ち止まり、青ざめた顔で彼女を見た。
「納得できません」
声は低かったが、激しい口調だった。
「あの……」
ミレイユは頭が真っ白になった。 それでも説明しなければならない。 必死で話し出したものの、すぐ遮られた。
「この三日間、楽しかった。 貴女もわたしに好意を持ってくれたはずだ」
「はい、もちろん……」
「ではなぜ、無愛想なアランブールに決めなければならなかったんです? もしかして、強迫されたとか?」
「いいえ!」
ミレイユは驚き、怒りを覚えた。 伯爵はそんなことをする人じゃない!
「伯爵は思いやりのある方です。 私……私は人付き合いがうまくできなくて。 ですから、子爵様のご不興を買ったのなら、心からお詫びします」
「そういうことではありません」
不意にモンシャルム子爵の声が、張りを失った。 鋭く射抜くようだった青い眼が、哀愁を帯びた。
「選ぶのは貴女だ。 当然のことです。 丁寧な手紙を下さったし、腹を立てる理由などないのはわかっています。
ただ、わたしは」
意志の強そうな唇が、わずかに震えた。
「貴女の気持ちを変える機会が、まだ残っているのではないかと思ったのです。 貴女は美しいだけでなく、しとやかで優しい。 貴女のためなら何でもしてあげたいと思わせる人だ。 伯爵に、それができるでしょうか?」
この人は私に、真剣な好意を持ってくれたんだわ──ミレイユは、胸がよじれる思いを味わった。 正直言って、すごく嬉しかったし、誇りに感じた。 ちゃんと社交界に出られなかった引っ込み思案の自分が、華やかな級友のイレールみたいに、魅力的な青年貴族に熱い言葉を寄せられるなど、これまで夢にも思わなかった。
だが、一度決めた心はそれでも揺らがなかった。 決断の先に何が待っているか、だいたい予測がつくからだ。 伯爵は子爵のように真心を捧げてくれなかったし、これからも甘やかしてはくれないだろう。 だが、それが現実だ。
これまで男性にちやほやされたことが一度もなかったミレイユにとって、子爵がほのめかす熱い新婚生活は、作り物のようでむしろ居心地が悪かった。
うまく声が出なくてかすれたが、それでもミレイユは、精一杯きちんと子爵に告げた。
「正直に言います。 子爵様は私には眩しすぎるのです。 才気と魅力にあふれていらっしゃる。 貴方には私より、もっとずっと素晴らしい方がお似合いです」
子爵は唇を強く噛み、首を激しく振った。
「それは伯爵に失礼じゃないですか?」
「いえ、そういう意味では……」
痛いところを突かれて、ミレイユは真っ赤になった。
「あの方は、結婚にそれほど多くを望まれていないようなので」
「なんてことだ」
子爵は更に首を振り、もう一度ミレイユを食い入るように見つめた。
「残念です。 本当に残念だ」
そして、ミレイユが顔を上げる勇気を出せないでいるうちに、短い靴音を残して去っていった。
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