表紙

 -9- 奇妙な態度




 アランブール伯爵は、すぐには反応しなかった。
 一秒、二秒と経つうちに、ミレイユはどんどん怖くなった。 束の間高まった気分はしぼみ、私は求められていないという虚しさがのしかかってきた。
 選択はまちがっていたのだ。 伯爵はこの三日間、来るのをためらっていた。 子爵に私を任せて、ほっとしていたにちがいない。
 たまらなくなって、ミレイユは早口で言いはじめた。
「もちろん、伯爵様の気が進まないなら、私……」
 とたんに彼が動き出した。 大股でミレイユに歩み寄ると、がしっと肩を掴んだ。
 だが、ミレイユが驚いて首を縮めると、すぐ手を離し、空中に浮かせたまま、濁った声で尋ねた。
「本当に、それでいいんですか?」
「はい」
 迷いなく、ミレイユは答えた。 日頃おとなしいので、周囲は誤解しているようだが、彼女は一度決めたらやり抜く性格だった。


 伯爵は不意にミレイユから離れ、椅子と机の周りをさまよい歩いた。 その間に頭を忙しく回転させていたらしく、近くに戻ってくると、すぐ口を開いた。
「では、半月前から婚約していたことにしましょう。 わたしがパリに来たのが三週間前だから。
 すぐ教会の手配にかかります。 たぶん明日か、明後日には確実に式を挙げられる。 間に合いますか?」
 最後の一言は、質問ではなく確認だった。
 ミレイユは何も考えずに従った。
「はい、すぐ準備します」
 伯爵はきびきびとうなずき、一礼すると凄い勢いで部屋から飛び出していった。
 キスも、抱擁も無しだった。


 これが普通の令嬢だったら、あきれて地団太を踏むか、怒りの言葉を吐いたかもしれない。
 だがミレイユは、しっかり口をつぐんで自分の部屋に戻り、まず何よりも先に、モンシャルム子爵にお詫びの手紙を書いた。 文面は難しかったが、なんとか書き、従僕に配達を頼んだ。
 それから今度は、小間使いと共に衣装箪笥を開いて、結婚衣裳に決めていたドレス一式を取り出した。
 そのドレスは、大叔母が弱りはじめた頃、どうしてもと言い張って仕立て屋を呼び、髪飾りや靴まで揃えたものだった。
 その時、ぜひにと頼んで、ミレイユは大叔母が自分の式に使ったというヴェールを譲り受けた。 うっすらと黄ばんでいたが最高級の綿で織られていて適度に重く、繊細そのものの美しいレースだった。
 象牙色の絹のドレスを腕に抱えて、小間使いはあたふたと出て行った。 これから全体にアイロンをかけて飾りに糊をつけ、本番までに美しく仕上げなければならないのだ。
 一番さしせまった仕事を終えたミレイユは、次に大叔母の部屋に走った。 遺言書を含む最重要書類を渡す相手が決まったから、壁の金庫から出して、生前の打ち合わせ通り、念のために義理の叔父に絶対見つからない場所に隠しておく。
 やるべきことが沢山押し寄せてきて、ミレイユは他のことを考えるゆとりがなかった。
 それがむしろ、救われた気持ちだった。






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