表紙

 -6- いい付合い




 結局、気のきいたこと一つ言えずに、ミレイユの初デートは終わりを告げた。
 だが子爵は、あくまでも優しい態度を崩さず、ていねいに屋敷まで送り届けた上、明日の午後もうかがいます、と言い残して、にこやかに帰っていった。


 出ていた間に、もう一人の求婚者であるアランブール伯爵は来ていなかった。 訪問者はカードを残していくから、すぐわかるのだ。
 ミレイユは、ほっとしたらいいのか、がっかりすべきか、よくわからなかった。 一日に二人の青年の相手をするのは、考えただけで疲れる。 だが、早々と候補が子爵だけに絞られるのも、ちょっと残念だった。 せっかく大叔母が選べるようにしてくれたのに。
 選ぶ……。
 実はそれが一番の困りものだった。 初めての顔合わせで、ミレイユは二人のどちらにも好意を持った。 さすがアデリーヌ大叔母様の選んだ方々だと感心した。 だから、どちらか一人を断って嫌な思いをさせると思うと、とても辛かった。
 それで余計に、ミレイユは伯爵に早く来てほしかった。 向こうから断られるなら、それでいい。 お礼を言って、気持ちよく別れたかった。


 大叔母の屋敷に引き取られてから、ミレイユはほとんど外出せず、家の中で安全に暮らしていた。
 だが、一人だったわけではない。 学問は尼僧院付属学校で身につけたものの、それ以外に貴族令嬢として知っていなければならない常識や作法が足りなかった。 それで大叔母の手配で、大舞踏会での振る舞い、扇やバッグなど小道具の使い方、パヴァーヌやメヌエットのような宮廷舞踊の練習などを教える教師が日夜出入りし、けっこう忙しかった。
 その中には男の教師もいた。 大胆なことに、ミレイユに想いを寄せる者があり、二人きりになったときにいきなり手を握られて熱烈に告白され、のけぞったことさえあった。
 しかし、自分でも意外なことに、怖くはなかった。 そのダンス教師は大柄だが、おだやかで気立てのいい人だったからだ。 ミレイユが何とか声を出して断ると、彼はがっくりと床に膝をついて顔を覆ってしまい、ミレイユのほうがなぐさめるという、思いもよらない展開になった。
 その午後、ミレイユは気づいたのだった。 自分が恐れているのは男性そのものではない。 身勝手で思いやりのない人間なのだと。
 だから、はにかんでいても、心中では伯爵と子爵の両方が好きだった。 そして、やむなくどちらかを選ぶとき、別れるほうの青年に、できれば悪印象を残したくなかった。


 翌日は小雨の中、モンシャルム子爵が美術館に連れていってくれた。 絵を描くのが好きなミレイユにとっては夢のような場所で、自然と普段より明るくなり、言葉数も増えた。
 ようやく会話らしい会話ができたため、二人とも満足して帰ってきた。 子爵は玄関広間まで送った後も、なかなか帰ろうとせず、帽子を手にしたまま話を続けたあげく、ひとつの提案をした。
「もうお近づきになったのですから、どうか名前で呼んでください。 セレスタンと」
 熱心に話しかける金髪の美青年を、ミレイユはそっと見上げた。 その目の先に、広間を飾る壮麗な柱の裏で、人影が動くのがわかった。 興味で一杯になった使用人たちが、入れ替わり立ちかわり覗いているらしい。
 やや緊張した笑みを浮かべて、ミレイユは答えた。
「はい、セレスタン様。 私もミレイユと呼んでくださいませ」
 子爵は小さく息を吐き、彼女の手を持ち上げて、別れの挨拶に唇を当てた。
 手の甲ではなく、手のひらの、親指の付け根に。






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