表紙

残り雪 71

好きな相手


 ふたりはそれから、時間が許す限りたびたび会った。 また、毎日かならず電話して、お互いの日常を語り合った。
 特に決めたわけではないのだが、一日に一度は声を聞かないと落ち着いて眠れない。 そういう習慣が、自然に出来上がった。


 笑が無傷で戻ってきたことで、峰高社長は医者もびっくりするほどの速さで回復しつつあった。
 それでも完治するまでは、ふたりのことは話さずにいようと決めていた。 だが、ポーカーフェイスなはずの俊治の態度から、一ヶ月経たないうちにばれてしまった。
「おまえ最近よく笑うな」
と、社長は言ったのだそうだ。
「それに笑顔がかわいい。 他の目はごまかせても、おれは駄目だ。 長い付き合いだもんな。
 おれに遠慮してるなら、そんなもの要らん。 ここんところ笑で一杯一杯だから、今のうちに確保しときな。 さもないと」
「さもないと、自分が盗るって?」
 話を聞いて、遙はいまいましくなって鼻に皺を寄せた。
「すごい自信家」
「言ってみただけだろ」
 俊治は気にしていなかった。
「見栄を張るんだよ。 半分アメリカだから」
「そんなものなの?」
 ほとんど外国人を知らない遙は、きょとんとした。
 ともかく社長が気づいたので、ふたりはその日、大手を振ってデートしていた。 伝統を重んじ、銀座の老舗宝飾店に行って、婚約指輪を選んでいたのだ。
 その前日は珍しく都心でも雪が積もって、当日も植え込みにまだらな雪模様が融け残っていたが、たとえ息が白くても、ふたりの気持ちは熱かった。
 遙は俊治から貰えるというだけで満足だった。 しかし、彼は念入りに、上品で値の張る指輪を探した。
「披露宴で君が一段と引き立つように」
 それを聞くと、やはり嬉しかった。 大切にされている証拠なんだと。


 パスポート不正使用犯は、結局捕まらなかった。 ただ、なぜ事件に直接関係ないその女がパスポートを手に入れたかについては、ある程度わかった。
 笑を娘と思い込んで家に閉じ込めたダーモット夫人だが、心の奥底では代用品だとわかっていたらしい。 笑の身元がわかりそうな物をまとめて、車でサクラメントまで捨てに行ったことを自供した。 笑が都会で消えたと思わせたかったのだろう。
 バッグごと公園のベンチに置きざりにしたというから、それを通りすがりの誰かが盗み、顔の似た女に転売したと思われる。
「スパイって疑いもあるけど、機内でのバカっぽい振る舞いを見ると、ただ日本へ遊びか出稼ぎに来たかっただけでしょう。 でも英語しかしゃべれない上、ちゃんとした証明書もないんじゃ、結局は危ない系の水商売しかないんじゃないですか?」という結論になった。




 式は風薫る五月に決まった。 遙が有名人の娘だったと知って、社長は会社のいい宣伝になると喜んだ。
 俊治が実は遙の恋人だったとわかると、美雪はしばらくむくれていた。 だが、招待された結婚式にはちゃんと来て、アパレル会社の社長の息子をお持ち帰りした。
 その後、彼とうまくいったらしく、遙にもまた親切になって、盛んに情報交換している。
 また風向きが変わると厄介なので、結婚までうまく持ち込んでくれるといいなと、遙は心から願っているところだ。
 なにしろ、俊治との毎日が夢見た以上に幸せで、心安らかだから。






《終》









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