表紙

残り雪 67

迎えは車で


 おしゃれな駅舎を持つ取手市は、東京からのアクセスが一時間ほどで、交通の便がいい。
 遥と俊治は短いメールのやり取りをして、彼のほうが正午頃に車でこっちへ来ることになった。


 朝シャンを済ませた後、遥はぼんやり洋服箪笥の前に座りこんでいた。
 どんな服を着ていけばいいのか、見当がつかない。 父が少し名が知れているといっても、遥は庶民で、持っている衣類だって普通の二十代の娘が買う物ばかりだった。
 もしかしたら、並み以下かもしれない。 考えてみれば、ブランドなんてほとんど知らないし。
 ああ、もう!


 そこで、今さら格好つけても意味ないのに気がついた。 彼が自分と社長の誤解を詫び、こっちも偽名で住み込んだのを謝り、きれいさっぱり別れる。 ただそれだけのために会うんだから。
 遥は肩の力を抜き、いつもの外出着を引き出しから取り出して、ハンガーから外した。 皺にならないニットのパンツとカットソーのボトルネックセーター、Aラインのコートだ。
 外は気温が低そうだった。 それで、ざくっと編んだツイード調のベレーを被ることにした。 父によると、昔の画家はよくベレー帽を愛用していたという話だ。 ここだけは画家の娘らしいな、と、ふと思った。


 正十二時をわずかに過ぎたとき、家の前に車が回ってきた。
 すっかり身支度を終えて、小さな熊のように茶の間をうろうろしていた遥は、その音で足を止め、耳を澄ませた。
 数秒後、玄関のチャイムが鳴った。 遥はインターフォンに飛びつくようにして画像を確かめ、上ずった声で応じた。
「はい! すぐ行きます!」
 そして、玄関に降りてブーツを履こうとして傘立てに引っかかり、尻餅をついた。


 モコモコファーつき手袋をはめた手で、痛む腰をそっと撫でながら、遥はドアを開けた。 玄関が広いため、ドアは内開きになっている。 開いたとたん、十センチと離れていないところに俊治が立っていたので、二人はどちらもギクッとなった。
 そこへ不意に突風が吹きつけてきた。 乱れた前髪を片手で掻きあげながら、俊治が低くぎこちない声で挨拶した。
「どうも……」
「こんにちは……」
 遥の声も不自然に低くなった。
 俊治は小さく喉の詰まりを晴らし、それから車のほうを振り返った。 遥は自動車に興味がないので、何という車種かまったくわからなかったが、上品なメタリックグレーで、ゆったりした乗り心地のよさそうな車体だということは見てとった。
 雇われたときの車とは違う。 自家用車を何台も持ってるのかな、と遥はぼんやり考えた。
「あれで来たんで、乗って……行ける?」
 とても俊治とは思えない、自信のない口調だった。







表紙 目次 文頭 前頁 次頁

Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送