表紙

残り雪 61

厳しい現実


 携帯電話には、遥の家の前で図々しく強請〔ゆす〕っている男の高い声と、反撃する遥の更に高い女らしい声とが、非常にクリアに録音されていた。
 美雪は鋭く息を吸い込み、チッと舌打ちした。
「信じらんない!」
「信じられないのは、こっちよ」
 遥は電話を持つ片手を上に掲げ、いっそう美雪に詰め寄って、ドアにガンと手を置いた。
「死ぬ死ぬ詐欺だったんだ。 二人で組んで……」
「バカ言わないでよ!」
 激しく言い返したものの、美雪の顔は歪んでいた。
「私はただ、この男にグチってただけよ。 こいつと飲んでて、遥っていう最悪の従姉妹にバカにされっぱなしで悔しいって」
「誰が、いつバカにした?」
 遥は愕然とした。 すると美雪は赤くなった目で睨み返してきた。
「いつもじゃない! 私がなんかのオーディション受けるたびに、どうせ駄目だみたいなこと言って、ほんとに駄目になるんだもの」


 遥は落ち着くために、唇をなめた。
 そう言われる前のことを、美雪は都合よく忘れている。 絵ばかり描いてるアナグマとか、おしゃれのセンスが全然ないとか、言いたい放題してるのは、自分のほうじゃないか。
「落ちるのが私のせい?」
 とたんに美雪はカッと目を見開いた。
「その言い方! ほんっと見下してる!」
「あんたが言わなければ私も言わないの」
 美雪がわめけばわめくほど、遥の声は冷たさを増した。
「いつも先に悪口とかあてこすりとか、言うんだから。 ふつうに挨拶してたら、私絶対に嫌なことは言わないよ」
 また美雪の目がウサギになってきた。 口元が細かく震えた。
「だって、ずるいじゃない」
 遥は耳を疑った。
「私が?」
「そう! 有名なお父さんがいて、絵がうまくて、その上、昔っから私よりもてて。 そんな美人でもないのに」


 遥はポカンとした。
 やがて事情がだんだんわかってくると、ますますあっけに取られた。
 やだ、美雪ったら私に焼餅やいてたんだ……!
 まったく思ってもみなかった事実だった。


 そう知ると、急激に戦闘意欲が失せてきた。
 遥は咳払いし、試しに言ってみた。
「でも美雪、確かに美人って認められてるんだから、いいじゃない。 ミス・キャンパスだったでしょ? 人気投票で」
「そんなの過去」
 ぶすっとして、美雪は答えた。
「会社に入ると扱いが軽いの。 できる女になりたいってずっと思ってたけど、はかない夢の世界」
「どうしたの美雪〜、まだ入社一年目じゃない。 誰かに足引っ張られた?」
 図星だったらしい。 美雪は答えようとして、ウッウッと咽〔むせ〕びはじめた。








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