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残り雪 59
復讐の準備
加賀美雪の自宅は、社長のマンションから車で七、八分ほどのところにあった。
先日、三嶋泰士の若い頃の作品といわれる絵が本物かどうか調べてくれ、と頼まれて、遥は仕方なくその家に出かけたのだった。
空調の効いた地下室に置かれた絵は、ただの模写だった。 遥がそう言うと、美雪は一転して取り乱し、高いお金をかけて買ったのに! と叫びはじめ、ついにはナイフを出して絵をずたずたにしようとした。 彼女は酒に酔っていて、強いアルコールの匂いがした。
遥は物を大切にする性格だった。 贈り物をもらうと、包み紙や紐をきちんと取っておく。 バーちゃんっぽいと言われても、やめられなかった。
だから、模倣品とはいえ立派な額に入った絵が切り裂かれるのを見て、止めに入った。 すると、邪魔されて美雪はいっそう怒り、乱暴に身をよじった。 そのとき足がからまって、二人もろとも床にバタンと倒れた。
下になったのは、美雪だった。 着ていたカーディガンがはだけ、胸にナイフの先が食い込んで、血がじわじわとにじんでくるのを、遥はあっけに取られて見つめた。
美雪もすぐ、自分の状態に気づいた。 そして完全に逆上した。
「遥〜、ひどい! みんなに言ってやる、あんたがやったんだって! ああ苦しい!」 と呻きだした。
飛びすさろうとすると、血だらけの手で掴まれた。 だから靴が汚れた。 必死に振り払おうとしてもできなかった。 もともと美雪は怪力なのだ。
それで思い切って脱ぎ捨て、ぐったりした彼女のブーツを奪って逃げた。
震える手で自分の持ち物を掻き集めていると、バッグがテーブルから落ちて中身が散らばった。
そのとき、上の階で足音がした。 そして、誰かが呼ぶ声が聞こえた。
「美雪?」
男だ!
遥はパニックに陥った。 本能で財布だけを床から拾って、小さいときよくしていたように、半地下の窓を開けて体を押し込み、庭に出て命からがら逃げ出したのだ。
あれが全部芝居だったなんで……。
今でも遥には信じられなかった。 まったく美雪のやつ、迫真の名演技だ。
美雪の家は、路地裏にある一軒家だった。 親の代からのツーバイフォー住宅で、小さいころは訪ねるたびに二人して、庭の物干し場で遊んだものだ。 準商業地域だったため前に四階建てマンションを建てられてしまい、今は日当たりが悪くて、物干し場は物置に代わっていた。
美雪の両親は、ただいま東南アジアに転勤中で、戻ってくるのは来年だという。 だから事情は違うが、美雪も遥と同じく一人暮らしだった。
遥の乗ったタクシーが家の前についたのは、時計が七時二十分を回ったところだった。 一階がリビング・ダイニングキッチンと四畳半の和室、二階に寝室が三つある標準的な美雪の家は、門灯が明るく点いているだけで、後は暗かった。 まだ帰ってきていないらしい。
前の狭い通り抜けの道のどちらから帰宅するかは、よくわかっていた。 だから遥は、そちら側にあるファストフード店に入って窓の近くに陣取り、美雪が会社から戻ってきたら、すぐわかるようにして、小さめのバーガーセットを注文した。
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