表紙

残り雪 57

よく似た女


 峰高社長は、すぐ横に体をくっつけて座っている笑に、低い声の英語で何事か頼んだ。 笑は小さく親指を立てて、すぐ立ち上がってリビングから出ていった。
 彼女が戻ってくるまでの間に、峰高は遥に家庭の事情を説明した。
「うちの母はスコットランド系のアメリカ人で、父と離婚した後、小さかった妹を連れてあっちへ戻ったんです。 その後、父は日本人と再婚して、その人が僕を育ててくれました。 彼女と僕は気が合って、今でも仲良しです。
 妹はハイスクールに上がってから、夏休みになるといつもこっちへ来ていて、僕も毎年のように向こうへ行ってるんです」
 だから社長と笑さんの顔はどことなく外国人ぽくて、笑さんのほうは日本語があまりうまくないのか。
 事情はわかったが、遥はますます落ち着かなくなった。 パスポート無断使用の悪者に間違われたのも悔しかったし、広告の内容がどんどん気になってきた。
 そこへ笑が大きな封筒を持って戻ってきた。 峰高は、中を探ってチラシを一枚取り出した。
「これと同じ内容のものを、ネットと英字新聞、それにラジオの広告にも出したんです」
 A5サイズの紙に、遥は無言で目を通した。
『あなたの夢をかなえます。 ハイマウント商事のキャンペーン・パーソナリティーへの道! 普段のあなたでいいんです。 いきいきと働いている姿を撮って、マスコミに華やかな登場を飾りましょう♪』
 その下に、望ましい身体的特徴や年齢の条件が並んでいた。
 どれも、気味悪いほど遥と一致していた。


 溜息をついて、遥はその紙を峰高に返した。
「ハイマウント商事って、大会社ですもんね」
 峰高の視線が忙しく動いた。
「ええ、まあ」
「そのキャンペーンガールなら沢山の人が飛びつくでしょうけど、なぜこれなら特に効き目があると思ったんです?」
「笑のパスポート使った若い女が人なつっこくて、隣の席のおばさんに夢を話してたんです。 タレントになりたい、目立ちたいって」
 他人のパスポートで入国した犯罪者のくせに? 遥はあきれかえった。
「私はそんなんじゃないですから」
「わかってます。 いや、今はわかってます」
 峰高は冷や汗をかいている感じだった。
「パスポート使用が唯一の手がかりだったんで、藁をつかむような気持ちで広告出したんですよ」
「すごい人数が応募してきたんじゃないですか?」
「いや、条件が細かいから。 それでも五十人以上集まったらしいけど」
 もう沢山だ。 遥は目をすがめた。
「じゃ、もう妹さんが見つかったし、私は用なしですね。 帰ります」
「ちょっと待ってください!」
 峰高は青くなった。
「間違いでしたじゃすまないことをしました。 お給料も払ってないし」
「結構です。 そんな大したことしてませんから」
 立ち上がりながら時計を見ると、もう七時近かった。 俊治はここにいないらしいが、そろそろ現われる頃かもしれない。 こうなったらもう絶対に顔を合わせたくなかった。








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