表紙

残り雪 52

逢いたくて


 テレビを消し、コーヒーを飲み終えたところで、まずいことに気がついた。
 砂川俊治専務に雇われるとき、私ったらあの腐れイトコの美雪を名乗っていたじゃないか……。
 ピザの皿を捨て、コーヒーカップを流しで洗った後、遥はダイニングテーブルに戻って椅子に座り、うなだれて頭を抱えた。
 いったい何を考えてたんだ。
 今になって思い出そうとしても、とっちらかった当時の心境はまるでわからなかった。


 五分ほどじっとしているうちに、遥はゆっくりと悟ってきた。
 たぶんあのときは無意識に、美雪の遺体が早く発見されるのを望んでいたのだ。 きちんとした企業の重役なら、臨時雇いでも一応の身元調査はするだろう。 履歴に矛盾があったら、問いただすにちがいない。
 遥は罪を抱えているのが苦しかった。 誰かに打ち明けたくてたまらなかった。 そして俊治はキリッとしていて気配りがあり、ごたごたが起きてもクールに処理してくれそうに見えた。
 いや、それだけじゃないでしょう、という声が、遥の耳元で囁いた。 どうも美雪の声に似て聞こえた。
──彼はかっこよかった。 もう人生終わりだと思ったから、最後に彼と思い出作りしたかった。
 でもあんたは美人じゃない。 男のひっかけ方も知らない。 だから私になりたかったんでしょ? モテ系に──
「ちがう!」
 突っぷしていたテーブルから勢いよく顔を上げて、遥は叫んだ。 だが、頭の声はしつこく続いた。
──ずっと私のほうが綺麗だと言われてた。 それは認めるよね? センスいいし、人見知りしないし、うじうじ悩んだりもしない──
「ただ図々しいだけじゃない!」
 吠えてみたが、内心ではわかっていた。 大事なときに恥ずかしがってしまう情けない癖で、すてきなチャンスを幾つ逃したことか。
 俊治に抱きつくことができたなんて、自分でも信じられない快挙だった。
 嘘の名前を名乗ったし、黙って出てきたし、もう彼に合わす顔がないのはわかっていた。
 でも、逢いたかった。 社長の部屋に入れてきた置手紙には、事情があって出ていくと書いただけなので、絶対戻れないというわけではない。
 一方的に仕事を中断して悪かった、と謝りに行くのなら…… そう決意するやいなや、遥の足は寝室に向かい、もどかしく箪笥を開けて、めぼしい服を次々と引っ張り出していた。




 俊治は三つ情報センターを回ったが、三嶋泰士やその家族の住所は見つからなかった。
 あの挙動不審な加賀美雪に訊けばすぐわかるだろうが、妙な逢い方をしてしまったから、できれば電話したくない。 美雪と名乗った『あの人』にはピンクの携帯電話を渡してあるから、かけることはできる。 だが、携帯で話せるような軽い内容ではないし、もし冷たく切られたら立ち直れない。
 がっかりして夕暮れ空の下に出たところで、思いついた。 加賀美雪に語ったように、彼の知り合いには三嶋泰士のコレクターがいる。 その知り合い、西藤社長の番号は、たしか携帯に入れてあったはずだ。
 俊治は番号を繰って、すぐ西藤為彦〔さいとう ためひこ〕社長に電話を入れた。







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