表紙

残り雪 50

電話の相手


 誰も出ない。
 でも受話器の向こうでは、確かに呼び出し音が鳴っていた。
 遥は判断に迷った。 誰かが、遥の置き忘れた電話だけ持っているのか、それとも二台両方とも盗んで片方だけ使っているのか。
 もう切ろうと、電話を耳から離しかけたとき、押し殺したような声が聞こえた。
「もしもし? どなた?」


 遥はあやうく、ピンクの携帯を道路に落すところだった。
 焦って両手で受け止め、また耳にくっつけたが、動揺しすぎて上下さかさまになった。
 急いで持ち替えざま、勝手に声が爆発した。
「やだ美雪? キモい声出さないで!」


 電話相手はすっかり気分を害した。
「キモい? あんたの声のほうがよっぽどキモいって! 私は声優になったらどうかって言われたぐらいの美声なんだからね」
「自分から売り込んだだけでしょ? オーディションにも落ちたし」
 強い鼻息が聞こえた。
「遥ねぇ、あんたいつもそういう言い方するから私だって」
 それから延々と文句が続いたが、遥はほとんど聞いていなかった。 あることに気づいて、雷に打たれたようになっていたのだ。
 私、幽霊と普通に口喧嘩してる……!


 そのとき、ぶつぶつ言いつづけている美雪の後ろで別の女性の声がした。
「加賀さん? 若田部主任が至急にって」
 ただちに美雪が電話を離して返事する声が、遠く聞こえた。
「はい、すぐ行きます」
 それから電話に向かって、噛みつくように言い残した。
「だから悪いのはあんたなの。 口が悪すぎるのよ、ビビリのくせに。 だからちょっと脅かしてやろうと思っただけ。 引っかかるほうがバカ!」
 言いたいだけ言って、電話は切れた。


 遥は目まいがした。
 本当に立ちくらみしそうになって、手近にあった店のガラス戸に手をついた。
 引っかかるほうがバカ……?
 普段なら倍返ししてやる言い草だが、今日はできなかった。 あまりにびっくりした上、衝撃が大きすぎた。
 まだ混乱していたが、ひとつだけははっきりわかった。 加賀美雪は、生きている!




 その頃、俊治は三嶋泰士の住所と電話番号を知ろうとしていた。 有名人のアドレスは公開されていないことが多いのだが、昔の電話帳には出ているかもしれない。 俊治は各種名簿を取り揃えた情報センターに足を運び、調べ始めた。







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