表紙

残り雪 49

意外な発見


 すると、上品なスーツを着た相手はニコッとして、華やかな声で話しかけてきた。
「加賀ですが、私に何か?」
「すいません、ちょっと……」
 そこで俊治は声を途切らせた。
 この加賀美雪が軽く礼をした際に落ちてきた前髪を払ったとき、右手の薬指にはめている指輪が、彼の目を射た。
 言いかけた言葉を引っ込めて、俊治は思いついたままに尋ねた。
「個性的な指輪ですね?」
 相手は虚を突かれたようで、芸術的に化粧した眼を大きく広げた。
「は?」
「失礼。 とても素敵な指輪だと思ったものですから」
「ああ、これ」
 彼女はまんざらでもなさそうに、指を広げてリングに見入った。
「叔父が有名な画家なんです。 私のためにデザインして、バースデイプレゼントにくれたんですよ」
 君だけじゃないだろう、と俊治は密かに思った。 同じデザインの指輪を、もう一人の加賀さんもはめていたぞ。
「叔父さんも加賀という苗字ですか?」
 相手は残念そうに手を下ろした。
「いいえ、三嶋といいます。 三嶋泰士〔みしま たいじ〕。 知ってらっしゃいます?」
 名前は聞いたことがあった。 知り合いのとある会社の会長がファンで、何枚も収集している。 一枚数百万円、傑作なら二千万を越えるという一流画家だった。
 峰高の家に来たもう一人の『加賀美雪』は、父親が画家だと言っていた……
 俊治が考えていると、加賀美雪は不審そうな顔を向けてきた。
「あの、お仕事の話があるんじゃ?」
「ええ、そうでした」
 ようやく手がかりを得た喜びで、頭がよく回らない。 俊治は余計なことを話さずに、立ち去る口実を見つけようと苦心した。
「武村さんの紹介で、えぇと」
 壁を見ると、果物籠の写真入りカレンダーが架かっていた。
「プルーンの輸入について話し合いたかったんですが」
 たけむらさん? と呟いて、加賀美雪は視線を宙に浮かせた。 もちろんそんな人間はいない。 人違いと言われるのを待って、俊治が逃げる準備をしていると、不意に彼女の焦点が合って、声が明るくなった。
「はい、わかりました。 武村さんですね?」
 俊治は唖然とした。 ほんとにたけむらという知り合いがいるのか? いや、きっと転がり込んできた仕事の機会を逃したくないだけだろう。
「そうです。 それで……」
 後が続かなくなって困りかけたとき、運良く加賀美雪の携帯が鳴った。
「失礼します」
 そう言いながらポケットから薄い電話を出して画面を見た瞬間、加賀の表情が変わった。
 ボタンの上に指をさまよわせて、彼女は明らかに迷っていた。 押すか、それとも押さないか。
 これは大チャンスだった。 俊治はそっと声をかけた。
「お邪魔そうですから、後でまたご連絡します」
「え?」
 加賀はぼんやりとした表情で顔を上げた。 電話はまだ鳴り続けている。 切らないままで、加賀は持っている手を後ろに回した。
「いえ、これは」
「こっちはお構いなく。 それじゃ」
 いそいそと俊治は待合室を出て、ほとんど走る勢いでエレベーターに向かった。








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