表紙

残り雪 48

奇妙な感覚


 自分の電話にかけるなんて、妙な気分だった。 まあ、めったにできることじゃない。
 ともかく、もう見つかって警察に押収されていれば、誰かが出るはずだ。 まだ地下室にあるのなら、しばらく鳴って留守電に切り替わる。 どっちの状況になるかで、死体が発見されたかどうかがわかる。
 階段を降りきったところで、呼び出し音が途切れた。 遥は反射的に、もしもし、と言いかけた。
 すると、電話はプツッと切れた。


 えぇー〜〜?
 こんな反応、ありなのか?
 遥は電話を片手に持ったまま、何かにぶつかったように立ち止まってしまった。
 今、たしかに誰かが電話に出た。 その後で切った。
 もしかして、脅迫に来たあの間抜け男が、電話を拾って勝手に使ってるのか?


「それなら本人が出てこないで、電話使って強請〔ゆす〕ればいいじゃないの」
 無意識に独り言を口走った。 そのぐらい、動揺した。
「ふつう脅迫って電話でやるよね〜。 顔見られないように」
 どうも辻褄が合わない気がしてきた。 何かが変だ。 遥は駅の外に出てから、今度は美雪の携帯にかけてみた。
 幽霊に電話するようで、明るい日の元でも手が微妙に震えた。




 俊治は神田橋近くの白いビルに入り、エレベーターに飛び乗った。
 探している高森貿易は、十一階と十二階のフロアを占有していて、受付は十一階にあるという。 俊治は迷わずインフォメーションデスクに行き、係に尋ねた。
「すみません、こちらに加賀美雪さんという社員の方いらっしゃいますか?」
 スカイブルーの眼鏡をかけた、しっかりした感じの受付嬢は、すぐ答えた。
「はい、おりますが」
 一瞬の間を置いて、俊治は頼んだ。
「できればすぐ、お会いしたいんですが。 仕事のことで」
「失礼ですが、どちらさまでしょうか?」
 俊治はすぐ名刺を出した。 個人用で、社名と名前だけ印刷してあり、肩書きは書いていないのにした。
 事務的にその名刺を見て、
「少々お待ちくださいませ」
と相手は丁寧に応じ、横に移動して電話で確かめた。 それから戻ってきて、右の部屋を手で示した。
「すぐ参ります。 あちらでお待ちください」
「お世話かけます」
 

 受け付けのすぐ横にある待合室で、俊治はコートを脱ぎ、脇に置いた。 調査部に住所を知らせて見つけてもらった『加賀美雪』の勤め先は、ここだった。
 間もなく軽い足音がして、開いたままのドアから若い女性が入ってきた。 なかなかの美人だ。 だが、俊治の探している人ではない。
 俊治は驚き、内臓が一挙に下降したような失望感を味わった。









表紙 目次 文頭 前頁 次頁

Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送