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残り雪 40
翌日の朝に
峰高は、もうパジャマ代わりのジャージを脱いで、昼用の服に着替えていた。 と言っても、あまり変わり映えのしないフリースの室内着だったが。 無造作に被っているいつもの毛糸の帽子も、形が崩れていた。
それでも、顔は洗いたてでつるんとしていたし、髭も剃りおえた後だった。 頭痛持ちのはずなのに本当に手のかからない人だ、と思いながら、美雪は部屋に入った。
「あの、何か御用は?」
それを聞くと、峰高は指の長い大きな手を広げて、目をしばたたいた。
「そうだね。 飯にはまだ早いし」
次いで、思いついたという感じで顔がほころんだ。
「話そう、なにか」
「なにかですか?」
美雪は困った。 共通の話題って、あるのだろうか。
社長は黒のソファーに美雪を座らせ、自分はその向かい側に陣取った。 まだどこか眠そうな目が、柔らかい視線を美雪の顎のあたりに置いた。
「絵が好きなんだって? 俊治が言ってたよ」
私のことが聞きたいのか──美雪は不安を見せないように気を引き締めた。
「イラストを描いてたんです。 ちょこちょこっとですけど」
「それが仕事?」
「はい」
社長の笑顔が大きくなって、目が魅力的な弓形に細まった。
「ふぅん。 ますます似てるな、笑に。 彼女もどこかの小劇団のポスターにイラスト入れてたよ。 君みたいにちゃんと仕事にしてるわけじゃないらしいけど、足がかりになるようなことを言ってた」
話すうちに、表情が少しずつ曇った。
「うちの会社関係の仕事を回そうかって言ったら、怒っちゃったんだ。 ヒイキしてもらうほど下手じゃない、とか言ってたな」
「私の最初の仕事は、たぶん父のコネだったと思います」
美雪は正直に言った。
「父は画家だったから、知り合いの人が私も使ってくれて」
峰高の視線が、いっそう温かくなった。
「でもその仕事、続いたんでしょう?」
「はい」
「じゃ、実力みとめられたんだ」
優しい。
それでいて、下心は感じられなかった。 こんなに素直で、よく生存競争の激しい実業界で社長を張っていられるものだ。
美雪は嬉しいというよりむしろ恥ずかしさを感じて、目を伏せた。 この人は、昨夜隣の部屋で何かあったか知ったら、きっとショックを受けるだろう。
美雪が俊治のことを思い浮かべたとたんに、ドアがことわりもなくサッと開いた。 そして、当の本人が入ってきた。
「峰高! 今メールで……」
室内にいる美雪が目に入って、俊治は話を止めた。 声が切羽つまっているようだ。 美雪は雰囲気を察して、すぐ立ち上がった。
「失礼します」
小声で断ってドアに向かった。 途中で俊治とすれ違ったが、どうしても目を上げることができなかった。
ただ、心臓だけがバクバクと、胸から突き出そうなほど音を立てていた。
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