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残り雪 39
現実は苦い
ベッドを降り立ってから、体を前倒しにしてそっと俊治の肩にキスを落とした。
彼はまじろぎもしなかった。 きっと寝てしまったのだろう。
脱ぎ散らかした服は、暗がりではどちらのかわからない。 薄ぼんやりとした輪郭をたどってできるだけ拾い集めて、美雪はそっと出口に向かった。
ドアを閉める前に、一度だけ振り返った。 俊治は静物画のように動かない。 彼にとっても予想外のひとときだったんだろうなと、美雪は思わずにはいられなかった。
たった一部屋分の距離といっても、あんなものを見た暗い廊下を一人で戻るのは、怖くてたまらないはずだった。
だが、初体験というショッキングな成り行きのおかげで上の空になり、美雪は気づくともう自分の部屋に入って、閉めたドアにぼうっと寄りかかっていた。
ゆるんだ腕から、衣類の束が枯葉のようにすべり落ちた。 その小さな音で、ようやく裸なのを意識して、拾わずに浴室を目指して歩いた。
灯りのスイッチを入れてようやく、裸足だったことにも気づいた。 そのままシャワーを浴びていると、目頭が熱くなってきた。 悲しいのか、ちょっぴり幸せなのか、よくわからなかった。
途切れ途切れの眠りから覚めたのは、六時少し過ぎだった。
すぐに昨夜の出来事が頭にフラッシュバックした。 不気味に揺れる影、意識不明になったのを抱き起こしてくれた強い腕、なめらかなベッドと火のような唇の感触。
美雪はベッドに起き上がって、足を垂らして座り、両手で顔を覆った。 すべて夢なのかもしれないと思えた。
だが、身支度をして寝室を出たとたん、現実を否応なしに突きつけられた。 居間の床に二人分の衣類が散らばっている。 よじれたネクタイに、男物の靴下の片方まであった。
美雪は乱れた落ち着かない気分で、ふんわりしたラグに座りこんで、より分け始めた。 これは私ので、これは彼の。 こっちは彼ので……
彼って誰よ。
不意にみぞおちの辺りがうずいた。 ぎくっとなるほど甘い痛みに、美雪は唇を噛みしめた。
好きになる資格があったらなぁ、と心底から思った。
その彼は、もう起きただろうか。
顔が見たかった。 自首した後、見向きもされなくなる前に。
頭を絞って考えついた。 きっと朝は必ず、社長の様子を見に行くはずだ。 先に部屋に行って世話をしていれば、きっと会える。
美雪は急いで立ち上がり、峰高の部屋へ向かった。
軽くノックすると、すぐ返事があった。
「加賀さん?」
「はい」
室内履きの音が近づいてきて、ドアが開いた。
峰高は今日も元気そうだった。 大きな目がぱっちり開いて、最初見たときは青白かった頬に血色が戻ってきていた。
「今朝は早いね」
「早すぎました?」
「いや、そんなことないよ」
峰高はそう答え、優雅に手を動かして、部屋に招き入れた。
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