表紙

残り雪 34

社長と二人


「どうします? 新しいのお買いになるんなら、こっちのは無料で引き取らせてもらいますが」
「はぁ……社長に聞いてきます」
 美雪は急いで階段を駆け上がった。
 峰高は入り口に背を向けて、窓の前に立っていた。 珍しく携帯電話を耳に当てている。
 美雪が飛び込んできた気配を感じて、すぐに振り返った顔は険しくなっていた。
 目が合うと、その表情は変化した。 厳しさが拭い去ったように消え、いつもの穏やかで疲れた表情が代わりに表れた。
「どうしたの?」
「すいませんお電話中」
 美雪が謝ると、峰高は電話を降ろしてそのまま切った。
「いや、急ぎじゃないから」
「あの、電器屋さんが、新しいテレビを買えば今のは無料で引き取ってくれるそうです」
「じゃ、そうしてもらって」
 無関心な様子で、峰高はそう答え、テーブルを回り込んでソファーに座った。
「同じ会社のを頼む。 レコーダーと連動してるから」
「はい」
 美雪はまたリビングに戻って、待っていた修理人に伝えた。
「取り替えるとき、配線もしてもらえます?」
「はい、わかりました〜。 同じ型のテレビですね? 在庫が手に入り次第、お電話します。 ご都合のいい日に配達して取り付けますから」
 大型テレビの注文を獲得したので、電器屋はいそいそとサービスを約束した。


 次は社長の食事と薬だ。
 トントンと階段を上がりながら、美雪は別人のように鋭かったさっきの峰高の顔を思い浮かべていた。
 昨日に引き続いて今日も血色がいい。 そろそろ会社が心配になって、復帰を考え始めているのだろうか。
 ボードゲームをしたぐらいで疲れてしまうなら、まだ体力が足りない。 でも、気力が戻ってきたのなら、電話で指示することはできるだろう。
「ドクターのOKは?」
 思わず独り言が出た。 クリーニングの人が二日ごとに来る家なんだから、掛かり付けの医者がマメに往診したっていいはずだ。


 峰高は朝昼兼用になってしまった食事を、おいしそうに食べた。 昨日から、食欲は順調に回復してきたようだ。
 それに、人との付き合いにも積極的になってきた。 ひとりで食べたくないと言い切り、美雪の食事も彼の部屋に持ってこさせた。
「加賀さんの好きな食べ物って?」
 そう訊かれたとき、美雪はゆで卵とトマトを綺麗な花型に切って飾ったサラダを、感心して見つめていた。
「どうだろう……。 好き嫌いはあまりないです。 マドレーヌは好きかな? 料理じゃないけど」
「僕は缶詰がだめ」
 峰高が珍しいことを言った。
「金属の味がする気がして、どうも」
「私はピーナツがだめです」
 美雪は正直に言った。
「小さいとき、グッと噛んだら歯が折れたから」
「まだ乳歯のとき?」
「はい、たぶん」
「ピーナツって」
 峰高は軽く首を振った。
「日本じゃ、わりと食べないよね。 外国に住んだことは?」












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