表紙

残り雪 31

気配りの人


 俊治が立ち上がったことで自然に区切りがついた。
 彼と肩を並べて話し合いながら、峰高は二階に上がった。 美雪は二人の後に続き、峰高に用事がないのを確かめた後、自分の部屋に引き取った。


 貰った包みを開けるのは、なんだかわくわくした気分だった。 別にプレゼントというわけではないのだが、人に物を買ってきてもらったのが随分久しぶりだったからかもしれない。
 外装の中は、更に三つの包みに分かれていた。 一番上のを開いてみて、美雪は息を呑んだ。
 中には一流メーカーの色鉛筆セットと、裏うつりのないことで評判の水性マーカー・セットが入っていた。 そして次の包みには、上質な画用紙と、水で溶ける油絵の具、絵筆とデッサン用具一式が。
「うわ、二万円越えてるじゃない。 こんな上等で描きやすいのって……凄い」
 嬉しくて、無意識につやつやした箱を撫でてしまった。
 最後の品は、見慣れた化粧品メーカーのロゴ入り袋に入っていた。 頼んだものが全てある。 美雪は心からありがたいと思った。


 さっそく顔を洗って軽くメイクした。 もう素顔を見られてしまったので、今さら格好つけてもしょうがないと言えば言えるが、やはり若い男性二人を前に、ボサッとしたところを見せたくなかった。


 七時前に呼び出しが来た。 夕食の時間だ。
 美雪がいそいそと峰高の部屋に行くと、セーターに着替えた俊治もそこにいて、今日は社長の気分が良さそうだから一緒に食べると言った。
「峰高は何食う?」
「うーん」
 ソファーにもたれかかっていた峰高は、目をごしごしこすってから本格的に声を出した。
「さっぱりしたもんがいい。 寿司かな。 握り寿司」
「じゃ、おれも」
 そう言って、すっと俊治は立ち上がった。 彼の立ち方はなめらかだった。 まったく腕を使わず、低めのソファーに沈みこんでいても、太腿の力だけで体を持ち上げる。 脚の筋肉が相当強そうだった。
「加賀さん、一緒に行こう。 三人前となると、けっこう重いから」


 峰高の部屋から出るとすぐに、美雪は俊治に礼を言った。
「すみません、あんな立派な絵の道具をわざわざ買っていただいて」
「絵が好きだっていう社員に助けてもらったんだ。 楽しんで、いろんな物探して回ってたよ」
「みんないい物ばかりで。 あの……今は九千円ちょっとしか持ってないんですけど、後で代金は」
「そんなのどうして気にするの?」
 俊治は心から驚いたようだった。
「頼まれたんじゃないのを買ってきたんだから、僕のおごり。 当然だよ」
「でも、なんか」
 美雪はためらった。
「暖かくて便利な部屋でぬくぬくしてて、仕事は楽すぎて、社長も俊治さんもいい人で。 その上、暇つぶしの道具まですぐ買ってもらえて。
 私、それだけのことしてます?」


 一転、空気が変わった。
 見えない渦に取り巻かれたような気がして、美雪は階段降り口のすぐ上で、身を固くした。
 冷たいというのではない。 何か複雑で不安定な感情が、俊治の体から波動のように伝わってきた。













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