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残り雪 28
掃除の人達
午後になって玄関のチャイムが鳴った。
自室にいた美雪が急いで降りていくと、青と白のユニフォームを着た中年の男女二人が、もう中に入って掃除道具を広げていた。
二人は美雪を見て笑顔になり、ピョコンと頭を下げた。
「ああどうも。 丸橋クリーンワークです」
男性のほうがまず挨拶して、帽子を取った。 美雪も頭を下げて挨拶を返した。
「新しく来た、えぇと、ハウスキーパーです。 加賀といいます」
「そうですか。 一日おきにここの掃除をさせていただいてます。 クリーニングもいたしますので」
丸顔の女性がにこにこしながら説明し、クリーニング済みの服が入った袋を二つ、慣れた手つきでサイドテーブルに置いた。
美雪は、服の持ち主のタグがついたその袋を持って、上階に上がった。 すぐ後から女性がついてきて、社長の部屋と俊治のとの前に出されたランドリーバッグを回収した。
「加賀さんのお洗濯物は?」
「あ」
なんとなくきまりが悪く感じながら、美雪は自分の部屋からバッグを引き出して、女性に渡した。
「よろしくお願いします」
「かしこまりました」
女性は丁寧に言うと、くりっとした目を美雪に当てた。
「加賀さんのお部屋も掃除させていただきますが、いいですか?」
「あっ、はい」
どうしても付け加えずにはいられなくなった。
「自分の部屋を掃除してもらうのって、なんか悪いみたいで。 私は家族じゃなくて、従業員だし」
「それはご心配なく」
円い目がなごやかになった。
「一ヶ月に一度はフルクリーニングいたします。 ふつう手の届かない天井や家具の後ろまで埃を払うと、気持ちいいですよ」
「そうですね」
人当たりのいいおばさんに、美雪は安らぎを覚えた。 昨日の午後から、男の人としか話をしていない。 女性の声を聞いているだけで、心が落ち着く感じだった。
掃除は、まず玄関から始まった。
美雪は洗濯済みの品を峰高の部屋に届けるついでに、掃除中どうするか訊きに行った。
ノックすると、少し時間を置いて、眠そうな声が返事をした。
「はい?」
「加賀です。 クリーニングの物が届きました」
「入って」
部屋の中では、峰高がいつものようにソファーのところにいた。 ただ、座席に座っているのではなく、ちょんと肘掛けに腰を降ろし、浮いた片足をぶらぶらさせていた。
そのままの姿勢で、彼はクリーニングの袋に手を伸ばした。
「ありがとう。 僕がしまうから」
「はい」
美雪はおとなしく袋を渡した。 社長は元気なようだ。
「今、下を掃除してますが、この部屋に来たときは?」
峰高は目を細めて、クリーニング袋を覗きこんでいて、上の空だった。
「え?」
「掃除中はいつも、どこかに行かれます?」
「ああ、どこへ逃げるかってこと?」
逃げる、という言葉で、美雪は一瞬ひやっとした。
峰高は顔を上げ、無邪気な笑顔を浮かべた。
「下のリビングに行こうかな。 今日は気分がいいから」
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