表紙

残り雪 26

朝から仕事


 絨毯が分厚いため、箸が落ちても音はしなかった。
 あたふたしながら、美雪は急いで屈んで拾い上げた。
「すみません! 洗ってきます」
 ドアから廊下に出ようとしたのを、峰高が止めた。
「わざわざ下まで行くことないよ。 そっちの洗面室ですすいでくれたら充分」
「はい」
 早くしないと御飯が冷めちゃう。
 洗面台で水を流していると、鏡に元気のない顔が映った。 バカだなぁ、と自分を叱りたくなった。 夢ぐらいでいつまでも動揺していたら、怪しいと思われるじゃないか。


 彩りよく盛られた和風ステーキ・セットはおいしかった。
 だが、勧めてくれた当の峰高は食欲がなく、ダイエット中の女子ほども食べなかった。 これなら一皿を半分コしてもよかったぐらいだ、と、美雪は密かに思った。
 食べながら、美雪は気になっていたことを訊いてみた。
「あの、洗濯物はどうしたら?」
 峰高はステーキを苦労して飲み込んで答えた。
「ランドリーバッグに入れとくと、掃除の人が持っていってくれる。 系列のクリーニング店があるから。
 バッグはほら、あそこの」
 そういえば、同じような大きな帆布のバッグが自分の部屋の戸口にも置いてあったと、美雪は気づいた。
「洗濯機は、あの、あります?」
 下着まで外に出すというのは、恥ずかしかった。
 残念ながら、峰高は首を横に振った。
「ないな」
「はぁ」
 便利すぎるのも考えものだ。

 
 その後、峰高はぽつぽつと、美雪のことを尋ねた。 興味があるようには見えなかったので、無言では失礼だと気を遣ったのだろう。
「若く見えるけど、学生?」
「いえ、去年卒業しました」
「就職した?」
「はい、貿易関係の仕事に」
 じゃ何でここに来たんだ? と不審がられては困るので、小声で付け加えた。
「向いてなかったみたいで、辞めようかと思ってたんです」
 峰高の体がゆっくり背もたれに沈んだ。
「勤めてみないと、仕事の内容はわからないよね」
 確かにそうだし、本物の美雪がどんな仕事をしてたかなんて全然知らないし。
 美雪が返事に困っていると、峰高はいつの間にか寝息を立て始めた。


 ソファーの端に、トナカイ模様の膝掛けが引っかかっていた。 前には見たことのない物だ。
 ちょうどいいと思って、美雪はその暖かそうなハーフケットを社長の胸に掛け、彼の分だけ皿を残して、トレイを持って部屋を出た。
 そして、十五分ほどしてからまた覗きに行った。 峰高はソファーに横向きに寝ていた。 腰にしっかりと膝掛けが巻きついている。 テーブルに用意した薬はなくなり、置いてきた食事は、ミルクだけが空になっていた。


 社長の皿を片付けてから、美雪は自分の部屋で整理を始めた。
 たしか二日に一回掃除に来ると、俊治は言っていた。 昨日は来なかったから、今日がその日だ。
 気は進まないがランドリーバッグに汚れ物を入れていると、軽くノックされた。 急いでバッグを洗面室に放り込み、ドアを開くと、出かける支度を済ませた俊治が、コート姿で立っていた。














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