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残り雪 25
恐怖の記憶
美雪はすぐ思い当たった。 昨日はメイクしていたが、今日はしてない。 その上、うなされたためにクマまで作っている。 素顔はこんなものかとばれたのが恥ずかしくて、美雪は頬が熱くなった。
「化粧道具がないんです。 財布だけ持って出てきちゃって」
峰高はわずかにたじろいだ。 困った様子が伝わってきて美雪が顔を上げると、彼まで顔を赤らめていた。
「いや、ごめん。 そんなつもりじゃ……」
更に何か言おうとしたが、気が変わったらしく、髪を荒っぽく掻きあげながら道を開けた。
「おはよう。 今日は六時前に目が覚めちゃって、早く腹がすいたんだ。 急に和風ステーキが食べたくなって」
それから、思いついて付け加えた。
「サラダとホットミルクがついて、セットになってるんだ。 よかったら君も一緒に、同じもの食べない?」
一瞬、美雪は言葉に詰まった。
朝、それも起きたとたんにステーキは、胃にもたれる感じだ。
でも、峰高に誘ってもらったのは嬉しかった。 一階のリビングでまた一人ぼっちの食事というのは、あまり楽しくない。
「はい、ありがとうございます。 すぐ持ってきます」
挨拶して部屋を出る足が、軽くなっていた。
リビングで、ふわふわの椅子に座ってグラナダの写真集を見ていると、待ち時間はあっという間に過ぎた。
チンという涼やかな音で現実に戻って、美雪は雑誌を本棚に戻し、大皿二枚とホットミルクの載ったトレイを注意しながら引き出した。
銀色のトレイを掲げて回り階段を上っていくうちに、美雪は外国映画の登場人物になったような気がしてきた。 時代は二百年ほど前で、ご主人付きのメイドが朝食を運んでいくところだ。
いや、女主人はメイドだが、ご主人は執事とか男の召使が世話をするんじゃなかったかな。
ともかく、峰高社長が昔の貴族並みに優雅な生活を送っていることは確かだった。 本人に貴族みたいな気取ったところはないし、よれよれのジャージばかり着ているが。
そのとき、ふと思った。 きちんとした服、たとえば高級なスーツとかタキシードを着せたら、社長はどんなに格好よく見えるだろう。 服装をビシッと決めて、さっそうと歩けるところまで、早く回復するといいのに。
二階の部屋に行くと、待ちくたびれた峰高はソファーに寝転んで目を閉じていた。
うとうとしているのか、それともただ横たわっているだけなのか判断がつかなかったため、美雪はまず音を立てないようにして低いテーブルに料理を置き、それから静かに声をかけた。
「お食事できました」
「ああ……ありがとう」
かすれた小さな声が答え、峰高はゆっくり体を起こした。 表情がぼんやりして、目の縁が少し赤くなっていた。
「君が入ってきたときね」
「はい」
美雪は小鳥の形をした箸置きを並べ、『社長用』と書かれた袋から箸を取り出した。
「笑〔えみ〕だと思った。 髪が肩のところで揺れてて、そっくりに見えた」
揺れる髪……
昨夜の悪夢が閃光のようにひらめいた。
美雪の手が激しく震え、箸置きに載せようとしていた箸が、ぽろっとテーブルから滑り落ちて、音を立てた。
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