表紙

残り雪 23

夜更けの顔


 仕事ではなく、男性の顔を描くのは久しぶりだった。
 中学の頃、授業が退屈だと、よくこうやってノートの端に落書きしていた。 友達の顔、先生のカリカチュア、そして好きな男の子の横顔……
 好きな子?
 一瞬手が止まり、苦笑いが浮かんだ。 そして、最初に描いた顔の右横にもう一つ、別の顔を線描した。
 峰高と、俊治の顔。
 鼻の形と顎の線がよく似ている、二つの顔。
 どちらの顔立ちも好ましかった。 たいていの女性は、そう思うだろう。 嫌味のないハンサムなのだ。 二人とも。
 さっとラフスケッチしただけなのに、どちらもうまく描けてしまった。 消すか捨てるかしようと思っていたが、何だか惜しくなって、美雪はきちんと縦半分に折りたたみ、引出しの一番奥に、そっと隠した。


 そうこうしているうちに、十時を過ぎた。 いつもよりは早いが、もう寝ても不思議はない時間だ。 美雪は高級品のバスタオルとバスローブ、それと、夜中いつ呼び出されても平気なように、チェックの普段着っぽいジャージの上下を抱えて、バスルームに入った。
 温度調節にジャグジー付きのお風呂は、実に快適だった。 身も心も思った以上に疲れていたのだろう。 バスタブの中で、美雪はあやうく寝込んでしまうところだった。
 鼻が湯につかってブクブクとなったところで、美雪は慌てて目をしばたたき、もがいて身を起こした。
 やばい。 早く出て髪を乾かさないと、そのままベッドに倒れ込んでしまう。


 洗面室で使ったクリームの花の香りに包まれて、美雪は足を引きずりながら寝室に戻った。
 もう瞼がくっつきそうだ。 目の前がちらついた。 美雪はドア近くのスイッチを切り、円錐の形をしたスタンドの光を頼りにベッドへもぐりこんだ後、手探りでその淡い光も断ち切った。


 初め、夢は見なかった。
 羽根布団に埋まるようにして、泥のような眠りに落ちていた。
 それなのに、何かの拍子で目が開いた。
 すると、天井でさざなみのような模様が揺れていた。


 スタンドは消したはずなのに。
 ぼんやりと光の波紋を追いながら、美雪ははっきりしない意識の片隅でいぶかしんだ。
 外からの反射だろうか。 車のヘッドライトとか。
 やがて、白天井に浮かんだ光は次第にまとまって、ゆらゆらと動く人の顔になってきた。













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