表紙

残り雪 18

社長の努力


 彫りの深い顔立ちの中で特に美しい、夜の湖のような眼が、じっと美雪を見つめた。
 焦点がきちんと定まっているのに気づいて、美雪は思った。
 今は視神経の調子がよくて、わりとはっきり見えるのかもしれない。
 それで、ちょこんと頭を下げて、改めて自己紹介した。
「こんにちはです。 加賀美雪といいます。 薬を飲んでほしいと俊治さんが」
「そう」
 峰高は小声で言い、視線をそらして額に手をやった。
「薬はバスルームの棚にある、と思う」
 美雪はほっとして、明るい声になった。
「はい、今持ってきますね」


 美雪は峰高の寝室を通り抜け、四畳半ほどのバスルームに入った。 右にあるドアはトイレで、石鹸やシャンプーなどを置く棚は左の壁に、そしてタオルや入浴剤、洗面器などを入れるキャビネットは入り口の横についている。 美雪が使っている部屋と同じ構造だが、淡いグリーンを使った彼女のバスルームとは異なり、薄いグレーで統一されていた。
 目当ての薬は、キャビネット上部の扉の中にあった。 小型トレイの上にきちんとまとめてあって、コップまで載せてある。 美雪はトレイごと出して、峰高のいる居間まで持っていった。
「あの、水は?」
 美雪が訊くと、 峰高はだるそうに部屋の隅にある冷蔵庫を指した。
「中にペットボトルがあると思う」
「はい」
 美雪はトレイをテーブルに置き、すぐさま高原の水のボトルを持って引き返してきた。
 峰高は、黙ってペットボトルの蓋を回そうとしたが、なかなか動かない。 美雪はさりげなく薬袋の飲用法を確認して、決められた数を出しながら、心の中で応援していた。
──手の力が弱っているようだが、社長は助けを求めない。 自力でやってみようとする人は直りが早い。 がんばれ!──
 三度ねじった後、峰高は遂にボトルの蓋をゆるめることができた。 彼があぶなっかしくコップに水をそそいでいる間に、美雪は四種類のカプセルや錠剤を、トレイに備えてあった紙に出し終え、向き直って渡した。
 受け取った峰高は、口に持っていく途中で手を止めた。 その紙が対角線で斜めに折ってあって飲みやすくなっているのを、彼はしげしげと眺めた。
「初めからこうなってた?」
 美雪は薬をしまうのに気を取られて。あまり意識せずに答えた。
「いえ、お父さんに飲んでもらうとき、いつもそうしてたから」
 峰高は一気に薬を口に流し込み、コップを手に取った。
 飲み下した後、彼はちょっとかすれた声になって尋ねた。
「お父さん体が悪いの?」
 美雪の胸がチクッと痛んだ。 もう二年前で、慣れたはずだったのに。
「死にました。 風邪から肺炎になって」










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