表紙

残り雪 17

薬はどこに


 ソファーの前に置かれているテーブルは低かった。 美雪は灰色の絨毯に膝をついて、サンドイッチの皿とコーヒーカップを置いた。
 それから、思い出して峰高に尋ねた。
「お薬はいつお飲みになります?」
 峰高の目が一段とぼんやりした。
「おくす……ああ、薬か」
「袋に書いてありますか?」
 たしか、食前、食間のように決まっているはずだ。 そういえば、薬がどこにしまってあるのか、俊治は教えてくれなかった。
「えぇと」
 気づくと、峰高は顔をくしゃくしゃにして、固く目をつぶっていた。 幼児が泣き疲れて、ぐったりしかけている時のような表情だった。
「薬なんて……ああ、頭いてー ……」
 膝を落としたまま、美雪は長方形の部屋をぐるりと見渡した。 余分な飾りのない部屋で、救急箱や小物入れも見えない。 薬らしき袋や瓶は、まったく見当たらなかった。
「どこに置いてあるか教えてもらえれば、すぐ取ってきますけど」
「そんなもん、あったかな……」


 覚えていないらしい。
 美雪は困った。 窓際に置いてある角張ったデジタル時計を見ると、すでに四時十五分を過ぎていた。 薬はきちんと定時に飲ませてくれと、念を押されている。
──俊治さんに聞いておけばよかった。 もう会社に行っちゃってるし──
 峰高は、左手で黒のクッションを抱え、顔を乗せるようにして、カツサンドを右手で持ち上げていた。
 なんとか自力で食べてくれそうだ。
 その間に薬を見つけ出さないと。
 美雪はそっと立ち上がり、あちこちにある引出しを点検しはじめた。


 広い居間で、大小のチェストが三つあるのに、どれにも薬らしきものは入っていなかった。
 見つかったのは数枚のクレジットカード。 カード入れにではなく、無造作に剥き出しのまま放り込んであった。
 その引出しには、現金も入っていた。 小銭と万札、千円札が同居している。 きれい好きな美雪は、仕分けして整理しようかと一瞬思った。
 だが、現金やカードに触れて、妙な疑いをかけられては嫌だという気持ちが先に立った。 美雪は中身をまったく動かさずに、そのまま引き出しを閉めた。
「ここにはないようですね」
 上半身をねじって振り返ると、二つ目のサンドイッチに手を伸ばしていた峰高が、中途半端な姿勢で止まって、ぼうっとした表情を見せた。
「何が?」


 普通、こういうところでイラつくんだろう。
 でも美雪はふと、宙でさまよっているような峰高が可愛く思えた。
 私だって途方にくれている。 どうしたらいいかわからないの。 ここに置いてもらったのは奇跡に近い。 貴重な貴重なモラトリアム期間なんだから……
 美雪はソファーに取ってかえして、再び峰高の横にしゃがみこんだ。 顔から緊張が消え、心からの笑顔になっているのに、自分でも気づかずにいた。
「食事中なのに、いろいろ聞いてごめんなさい。 ゆっくり食べてくださいね。 もう邪魔しないで、待ってますから」











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