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残り雪 14
贅沢でなく
出来上がった飲み物が上がってくるまで、二人はカウンターの止まり木椅子に腰掛けて、六分ほど待った。
その間、なんとなく話をするようになったのは、時間をもてあます者同士として当然だっただろう。
「半病人の看護なんて退屈な仕事で、がっかりした?」
美雪は当惑して、目をしばたたいた。
「いえ……」
それから、思い切って尋ねた。
「薬と服の片付けと食事運び、だけでいいんでしょうか?」
「というと?」
驚いた口調で問い返された。 美雪の声が反射的に小さくなった。
「あの、お給料並みの仕事とは思えないんです。 掃除とか、他のこともやります。 だからプロの人は週に一回ぐらいでも……」
だって一日おきに頼むなんてお金の使いすぎだ、と美雪は上目遣いになった。
俊治は少し絶句していた。
それから、笑顔になりかけの微妙な表情をした。
「いいんだって。 清掃会社とそういう契約してるから。 長期で頼むと割引があるし」
貧乏性と思われたにちがいない。 美雪はわびしい気分になった。 いつもプロの手でピカピカにするなんて金持ちの無駄遣いとしか見えないが、向こうは庶民のひがみと受け取ってバカにするだけかも。
すると俊治は、彼女の心を読んだように付け加えた。
「たしかに二日じゃそんなに汚れない。 ただ、丸橋クリーンワークは社長のお父さんの代からひいきにしていたクリーニング屋が起こした会社でね、社長も仲良しだから応援してるんだ」
ああ、そういうことか──美雪の顔に明るさが増した。 つられて俊治の笑顔も本物になった。
「やることは少なくても、君がこの家にいてくれるだけで助かる。 社長が早く暗闇の世界から抜け出ることができれば、君のおかげかもしれない」
これまでの事務的な話し方に、わずかながら気持ちが篭もったような気がしたのは、考えすぎだろうか。
美雪は顔を上げて俊治をちらりと見た。 そして思った。 表情は柔らかくなったが、目は変わっていない。 相変わらず他人行儀で、ガラス一枚へだてたような冷ややかさだと。
俊治の笑顔がうすれ、気詰まりな沈黙が襲ってきた。 そこへチンという澄んだ音がしてエレベーターが上がってきたのは、二人のどちらにもホッとする出来事だった。
俊治はきびきびと立ち上がると、ボタンを押して電子レンジより一回りほど大きいドアを開き、トレイごと運び出して、カウンターに置いた。 エレベーターのドアは、数秒後に自動的に閉じた。
「トレイを出すと、受け取ったと判断して、ドアが閉まるんだ」
そう説明しながら、俊治はソーサーに載ったティーカップを美雪の前に置いてくれた。
美雪は会釈して、澄んだ赤茶色のダージリンティーをそっと口に運んだ。
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