表紙

残り雪 12

万全の警備


 それから俊治は、寝室に通じる引き戸を開けて、美雪を通らせた。
 ベッドの上に、真新しい紙の袋がまとめて置いてあった。 その幾つかには、よく知られているロゴがついている。
「それは恵理香が……『青りんご亭』のオーナーが買ってきてくれたんだ。 全部君のだから、好きなの使って。 他に欲しいものがあったら、書いておいてくれ。 今度来たときに用意させるから」
 自分で買い物には行けないんだ。
 美雪は首筋にひやっとしたものを感じた。
 その気配を察したのだろう。 俊治は穏やかに言葉を続けた。
「休みはほとんど取れないって言っておいたよね? 社長はあの調子で、いつでも寝るし、夜中でも起きる。 何日かに一度、すごく妹に会いたがるときがあるんだ。 しょっちゅうじゃないが、そのときに君にいてもらわないと、とても困る」


 確かに筋は通っている。 どっちみち、このビルに足を踏み込んだ時点から、隠れ家になってくれればとこちらも思っていたわけだし。
 美雪は唾を飲み込んで、黙ったまま頷いた。
 俊治は明らかに肩の荷が降りた様子で、優しい表情になった。
「もう一箇所、案内しとくよ。 こっちへ来て」
 そう言って、彼は美雪を部屋から連れ出し、玄関横の丸テーブルから小さな袋を取って手に持つと、らせん階段を下りた。
 白い廊下を十メートルほど歩いてから、突き当たりの左にある階段を、また下った。
 そこには、事務所のようなドアが一つだけあった。 俊治が開くと、コンピューターの前に座っていた紺色の制服の男性二人が、急いで立ち上がった。
「こんにちは。 いいから座っていて」
 気さくに声をかけた後、俊治は紹介した。
「こちらが山河さんの後任で、加賀さん。 彼らは日月警備のベテランで、林さんと乾〔いぬい〕さん」
 制服の二人は立ったまま、にこやかに美雪に向かって頭を下げた。 美雪も、よろしくお願いします、と挨拶した。
 俊治は二人に断ってから、美雪にディスプレイを見せた。 そこにはカラーで、社長の居間と寝室が映っていた。
「三交代制で見てもらっているんだ。 異変があれば、すぐ彼らが処置してくれる」
 画面の中の峰高は、居間の窓辺に寄りかかってポケットに手を入れ、じっと外を眺めていた。 ひどく寂しそうで、孤独感がにじみ出ていた。
「ずっとこうですか?」
 俊治が訊くと、右に席を取っていた丸顔の乾警備員が、代表して答えた。
「お二人が部屋を出られてから間もなく目を覚ましまして、さっきのも夢かなぁと呟いておられました。 それから窓に歩いていって、探すように見ておられます」
 俊治は一瞬、顔をくしゃくしゃにした。
「少しずつ、夢と現実の区別がつけられるようになることを願ってるんですが」
 警備員たちは、重々しく頷いて同意した。
「自分を傷つけるような動作は?」
「いっさいありません」
「ずっと静かなままですね?」
「はい」
「ありがとう。 そろそろ交代の時間ですね。 あと少し、見ててやってください。 これ、コーヒーの差し入れです」
「ありがとうございます」
 コーヒーのカップだけではなさそうな袋を受け取って、二人は嬉しそうに声をそろえた。










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