表紙

残り雪 11

斬新な部屋


 ぐっすり寝入っている峰高を後に残して、俊治は美雪と共に部屋の外に出た。
 音をさせないよう静かにドアを閉め切ってから、俊治はこれから美雪が使うことになる部屋に案内した。
「ここだ。 さっきも言ったように、階段から三つ目」
「はい」
「ドアを開けて」


 ドアノブを回して押したとたん、予想しなかった世界が目の前に広がった。 正面の壁一面に、鮮やかなジャングルが描かれていたのだ。
 立ち止まって目をむいた美雪を、俊治は笑いを含んだ視線で眺めた。
「笑ちゃんが行ってたのは、美術大学だ」
 ああ、なるほど……。
 派手な色使いで棕櫚の下を飛ぶオウムを、美雪はしげしげと観察した。
「すごいですね。 ルソーの絵みたい」
 興味を感じた様子で、俊治は自分も部屋を覗きこんだ。
「絵に詳しい?」
 あわてて美雪は気持ちを引き締めた。
「見るのは好きです」
「うざったかったら、壁にカーテンかけてもいいよ」
 うざいだろうか。 美雪は戸口に立ったまま、改めて巨大な絵を見渡した。 そして結論付けた。
──構図は大胆。 色数は押さえぎみにして、ポイントを二箇所作っている。 これだけの大作なのに圧迫感がないのが立派──
 この絵を描いた少女の心象を、美雪は心に思い浮かべてみた。 軽やかに飛び交う鳥や蝶、熱帯の木々をゆっくり伝って動くカメレオン、それにイグアナ。 空想の森で、生き物はみな伸びやかだった。
 生きている時に逢うことができたら、きっとこの子を好きになっていただろうな、と、美雪は思った。
「密林なのに開放感があって、明るいですね」
 俊治の手が、ドアの縁を強く握った。
「ああ、明るい子だったからね、笑ちゃんは。 名前のように、しょっちゅうにこにこしてた」
 美雪が見上げると、彼の顔はいつになく強ばり、頬に筋ができていた。
 だが、硬い表情はすぐ和らいで、いつも美雪に見せている社交的な顔つきに戻った。
「さあ、入って。 中にある物は、何でも使っていいよ。 プライベートなノートや日記なんかは、別の場所に移してあるから」
 しかたなく、美雪はためらいがちに部屋へ踏み込んだ。 絵があるのは前の壁だけで、他の三方は淡い上品なグリーンだった。 ポスター、カレンダーの類は、まったく貼っていない。 鏡面仕上げの白い家具がドアの横に並んでいて、壁の絵と同じオウムやイグアナがワンポイントで描かれていた。
「構造は社長の部屋と一緒。 ここがくつろぎの部屋兼仕事場で、壁の引き戸を開けると寝室になっていて、その向こうがトイレとバス」
 まるでホテル並みだ。 だからキーもホテル仕様なのか。
 ふと気になって、美雪はつややかな家具に手を触れながら尋ねた。
「埃ひとつないですけど、ホテルみたいに掃除の人が来てます?」
「ああ、ここと廊下はやってもらった。 君が新しく来るからね」
 俊治は他に気がかりがあるのか、半分上の空で答えた。










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