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残り雪 10
おぼろな心
目が涼しい、という形容があるが、峰高社長はまさにそのままだった。 自分の心配で気もそぞろだった美雪でさえ、口を開けて見とれてしまうほど、彼は圧倒的美男だった。
しかも、人工の翳はどこにもない。 形のいい瞼には、生まれつき眼の大きい人特有の、びっしりと長い睫毛が生え揃っているし、すっきり伸びた鼻筋は左右が微妙に対称ではなく、整った口元も右がわずかに下がっていた。
だからこそ、峰高青年は美しかった。 生き生きとした自然の造形美だ。 これで頭を半分覆い隠す包帯がなく、似合った髪形をしていたら、どこまで行っちゃうんだろうと不安になるほどだった。
峰高は、こちらの部屋に入ってこようとして、自らが開けた戸に足を引っかけた。 あっという間によろめいて倒れかかってきたため、近くにいた美雪はとっさに一歩出て、彼の突っかい棒になった。
踏んばったが、痛かった。 男性の体はごつごつしているから、チアリーディングの仲間を受け止めるのとは勝手が違った。
相手は首を振り、両手で美雪の肩を支えにして、身を起こした。 せっぱつまった低い声が尋ねた。
「笑〔えみ〕……?」
「ちがいます」
反射的に、美雪は否定した。
俊治〔としはる〕が近づいてきて、峰高の手を美雪から外し、二つあるソファーのチャコールグレーの方に連れて行った。
「今日はあんまり見えない日なんだな?」
峰高は一度座ったが、すぐにもがいて立ち上がろうとした。
「笑がいた」
俊治は何でもないように軽く応じた。
「違うよ。 新しく来たハウスキーパーさんだ」
「山河さんは?」
そう峰高が呟いた。 いかにも辛そうな声音に、俊治は目をしばたたかせた。
「年末年始の休暇。 ちょっと早いけど、北海道に帰るのに支度が要るだろう?」
「ああ……」
声が濁った。 それまで迷った感じで中腰のままだったのを、そろそろと腰を降ろして、背もたれに寄りかかった。
俊治が振り返って励ますように頷いたため、美雪は社長の前に歩み寄り、挨拶した。
「加賀美雪です。 よろしくお願いします」
峰高は顔を上げ、左右に視線を動かした。
「やっぱり笑だ。 そうだろ?」
「だから違うよ」
俊治が穏やかになだめた。
「そういうふうに感じるだけだ。 笑ちゃんはここにはいない。 それに……」
相手はもう聞いていなかった。 峰高の上半身がゆっくりとソファーの座面に倒れ、やがて規則的な寝息の音が、俊治と美雪の耳に届いた。
ゆっくり振り返って、俊治はいかにも戸惑った様子の美雪と目を合わせた。
「わかった? 元気がなくておとなしいんだが、どんどん気分が変わって、すぐ疲れる。 そうすると、どこでも寝てしまうんだ」
頭を肘掛の横に埋めるようにして眠っている青年を、美雪はつくづく眺めた。
「もう怪我は痛くないようですね」
「そうらしい。 傷は治りかけてるが、気持ちのほうはまだ全然」
俊治の表情が暗くなった。
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