表紙

残り雪 8

驚愕の事実


 美雪は目を細めた。
 服を着るのが仕事? やはり相当怪しくないか?
 俊治は軽く寄りかかっていた柱から身を起こすと、優雅に巻いた階段を手で示した。
「ここから上はひな壇状になっていて、西側の半分に部屋がある。 君の部屋は、階段を上がって三つ目。 鍵を渡しておくね。 今はかかってないが」
 彼がポケットから出して差し出したのは、小さめのカードキーだった。 オレンジ色と緑色のビーズで作られた人参のマスコットがついていた。
 そのマスコットを見た瞬間、美雪は直感的に悟った。 これは、部屋の持ち主のキーだ。 人参が少しボコボコしているところを見ると、自分で作ったのかもしれない。
 キーに手を伸ばすのをためらって、美雪は呟いた。
「これ、社長の妹さんの……?」


 俊治の顔が引き締まった。
 それから顎を上げ、決意を新たにした表情になった。
「勘がいいね。 その通り。
 笑ちゃんの代わりに、君を連れてきたんだ」
 美雪が表情を固くしたのを見てとると、俊治はすぐ言葉を継いだ。
「芝居をしてくれというんじゃない。 地のままでいいんだ。 ただ、服は同じのを着たほうがいいと思う」
「どういうことです?」
 そんな中途半端な。 美雪は頭が混乱してきた。
「笑さんの服装で、私は加賀美雪ですって言うんですか?」
「そう」
 俊治は真剣な眼差しで答えた。
「社長は妹がただ一人の家族で、何より大切にしていた。 だから、笑ちゃんが死んだと確信したら、自分も後を追いかねない。
ただ、今の段階で生きていると思い込まれても困る。 どちらにも解釈できるようにしておきたいんだ。 もう自殺未遂だけはしないように」
 美雪は困って、唇を噛んだ。
「二十四時間体制で世話をしてくれる所に頼んだら?」
「やってみた」
 俊治の声に重苦しい響きが加わった。
「二週間と持たなかった。 手術の後、動けるようになったらすぐ、笑ちゃんを探して歩き回り出した。
 しかたなく閉じ込めたら、付属の洗面室で首を吊ろうとしたんだ。 病院は我慢できない、今度は窓から飛び降りると言い出して」
 話しながら、俊治は階段の傍に行き、白い手すりを平手で叩いた。
「ここに帰ってきたら、少し落ち着いた。 だが今度は、笑ちゃんに会いたいと言い始めた。 長年ハウスキーパーをしていた山河〔やまかわ〕さんがうまくなだめてくれてたんだが、一週間で過労で倒れてね」


 だから私を雇ったのか。
 いくらか納得が行ったものの、素人が何の役に立つのか、そこがまだわからなかった。
「私に妹さんの代わりができます?」
「普通ならできない」
 俊治はきっぱり言った。
「ただ、社長は事故で頭を打っていて、目がほとんど見えない状態だ。 正確に言うと、日によってやや見えたり、ろくに見えなかったりするらしい。 意識と一緒で不安定なんだ」
 それから、彼は付け加えた。
「君は、声が笑ちゃんによく似てる。 背の高さと話し方も」









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