表紙

残り雪 7

見抜かれた


 俊治は、手馴れた様子で右側にあるドアを開いた。 そこはクロークルームと靴箱を兼ねた小部屋らしく、片側の壁には、上のほうまで設置された棚に整然と靴やブーツが並び、その向かいには数枚のコートと沢山のハンガーがかかっていた。
 その棚の中段から、俊治は茶色の革スリッパを出してきて、床に置いた。
「これを使って。 今履いてる靴は中に入れてください。 カタカタ音が響くと、社長が気にするんで」
「はい」
 どっちみち、踵が細くて七センチもあるブーツで、仕事ができるとは思っていなかった。
──そもそも、このブーツは私のじゃないし──
 自分の履いていた靴がどうなったか考えて、美雪は改めて胸が悪くなった。 とっさに本物の『美雪』のブーツを脱がせ、自分のを置いて出てきたのだ。
 ブーツがショートで、本当によかった。 そして、足のサイズがほぼ同じで。


 美雪が履き替えている間に、俊治は玄関ドアを閉めた。 大きくて重そうな扉だが、音もなく動いて、最後だけカチャッという小さな金属音を残した。
 ブーツを小部屋へ入れてから、美雪が戻ってくると、俊治は玄関の横の円柱に寄りかかり、首をかしげて彼女を見ていた。 茶色味を帯びた澄んだ瞳に、悪戯っぽい光がきらめいた。
「君、家出したんでしょう?」


 美雪は心臓が止まりそうになった。
 喉が狭まり、水から出された金魚のように口をぱくぱくしかけた。
 返事できない美雪を、俊治は見つめ続けた。 その視線は決して冷たくなく、むしろいくらか同情するような柔らかさが潜んでいた。
「何か事情があるんなら、ここで住み込みの仕事するのは、僕達が助かるだけじゃなく、君にとっても好都合だ。 ちがう?」
「家出なんて……」
 やっとの思いで搾り出した声は、自分でも嫌になるほど不自然だった。
「名前と住所、書きましたよね?」
 俊治は口の端を持ち上げて、書類入れをポンと叩いた。
「そうだね。 ここに入ってる。 後で調べさせてもらうよ」
 彼の視線から必死に目をそらさないようにして、美雪は素早く考えを巡らせた。
 たとえ直接に行って調べたとしても、確実に後二日、うまくすれば三、四日は見つからないだろうから、あの住所でごまかせるはずだ。
 俊治はまだ寄りかかったまま、両腕を胸で組んだ。
「じゃ、これから服や何かを取りに帰るつもりだった?」
「……ええ」
 言葉があいまいになった。 すると俊治は首を振って、きっぱりと言った。
「それはよしてくれ。 必要ない。 服や化粧品なんかは、ここに充分ある。
 あるっていう言い方は変に思うかもしれないが、君の仕事はその服を着ることなんだ」










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