表紙

残り雪 6

冷たい部屋


 すりガラス風の天井には鏡かプリズムでも取り付けてあるのか、光が幾重にも反射して、雪の結晶のような模様を作り出していた。
 思わず立ち止まって見とれる美雪に目をやると、砂川俊治は眉を上げて面白がっている表情を見せた。
「スカイライトじゃないよ。 中に照明を入れて、そう見せてるだけ」
「ああ……」
 美雪はちょっとがっかりした。 日光のきらめきかと思ったら、ただの電飾だったなんて。
 俊治は両手を仕立てのいいズボンのポケットに入れて、先に歩き出した。
「笑〔えみ〕ちゃんのために取り付けたんだ。 社長は笑ちゃんをとてもかわいがってたから」
 美雪も足を速めて俊治を追った。
「笑ちゃんって、社長のお子さん?」
「いや」
 一瞬、俊治の表情が暗くなった。
「妹。 大学の二年生だった」
 だった?
 なんか死んだみたいな言い方。
 ふとそう思ったとき、続く俊治の言葉が裏書した。
「社長が起こした車の事故で、助手席に座っていて、助からなかった」


 美雪の唇が動いたが、言葉は出てこなかった。
 しみるような恐怖が襟首を掴み、ゆらゆらと揺さぶっている気がした。
 ここにも死があったなんて……。
 行くところ行くところ、若くして命を絶たれた女の呪いが、白いもやになって空中を漂っているような錯覚に襲われた。
 大理石を模した広い通路は、まだ続いている。 美雪は足が急に重くなったのを感じて、一度唾を飲み込み、ようやく濁った声を出した。
「社長さんはショックだったでしょうね?」
 俊治は突然足を止めた。 まったく不意だったため、すぐ横を歩いていた美雪と肩がぶつかりそうになった。
 美雪もすぐ立ち止まった。 俊治は額をこすり、少しためらった後、隣の美雪にしか聞こえない声で言った。
「わからないんだ」
 それから一息置いて、言い添えた。
「頭を打っていて、意識がはっきりしない。
 なんて説明したらいいのかな…… ともかく、会ってもらったほうがわかりやすいと思う」


 胸を不規則に高鳴らせながら、美雪は俊治についていった。
 やがてようやく長い廊下が果て、突き当たりが見えた。 マンションには珍しく、立派な両開きのどっしりとしたドアだった。
 ホテルのようなカードキーで、俊治はそのドアを開き、美雪を促して並んで入った。
 そこは玄関というより、ホールに近かった。 広々としているだけでなく、床や壁が見渡す限り通路と同じ模擬大理石でできていて、美術館に入り込んだような印象を与えた。
 しかも、玄関壁の上部と白い螺旋階段の脇には、同サイズの正方形上に描かれた精巧な鳥の絵が並んでいて、まるで渦巻きながら空を目指しているかに思えるのだった。









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