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夏は謎  -129- 結婚式2




 自然発生的に拍手が沸きあがる会場を縫って、二人は手を固く握り合ったまま、『Precious One』のオーケストラ版に乗って、軽やかに進んだ。
 来客は、立てる人は立ち、足の弱い人は座ったまま、祝いの言葉を投げかけて花を渡した。 それに応えてお礼と微笑みを返しながら、二人はすべての花を受け取って向きを変えた。
 翼がしっかりと前を見据えた姿勢で、口を切った。
「本日は、われわれ二人の新しい門出の時です。 僕は明るく賢明で思いやりのある人にめぐり逢えたことに深く感謝し、手をたずさえて幸せな生活を築いていけるよう、努力し続けることを誓います」
 誓い終わった瞬間、絶妙のタイミングで野次が飛んだ。
「美しい、が抜けてるぞ〜!」
 小波のような笑いが伝わる中で、翼は落ち着きはらって答えた。
「まぶしいほど綺麗です。 僕にとって」
 すぐに盛大な拍手が沸きあがった。 敏美は頬を赤らめて、大きな花束に顔を隠すようにした。 飛びぬけた美人じゃないのは自分が一番よくわかっているけど、堂々と誉めてくれた翼が嬉しくて、ちょっと目頭が熱くなった。
 でも、ただ感慨にふけっているわけにはいかなかった。 次は敏美が誓う番だ。 おちついて、少しぐらい上がっても大丈夫、スラスラ言えるまで何度も練習したんだから、と自分に言い聞かせ、敏美はスーッと息を吸って声を出した。
「子供時代からの日々も幸せでしたが、憧れていた人に申し込まれたときの喜び、結婚を決めてからの楽しさと充実感は、これまでにない新しい驚きでした。
 この幸福を忘れず、これからも幸せを分け合い、辛いときに支え合って、帰ってきて玄関が見えるとホッとする温かい家庭をめざします。 お集まりくださった皆様の前で、ここに誓います」
 隣に立つ翼の視線が、誠実な口調で語る敏美の横顔に釘付けになった。 二人はどちらも誓いの言葉をそれぞれで書き、式まで教えないことにしていたので、よっぽど驚いたのだろう。

 
 長く続く拍手を受けて、二人は深く一礼した。
 同時にスポットライトが消え、会場全体が温かい光に包まれた。 三人組の撮影隊が後ろから現われて、腕からこぼれそうな花束を抱えた花嫁と、彼女も花束もまとめて抱き込んで笑顔を弾けさせている花婿中心に、パノラマで記念写真を撮った。
 その間、翼は敏美の耳元で、さかんに尋ねていた。
「あれお母さんと書いた? 感激したけど、憧れたって言い過ぎじゃない?」
 もろ照れてる。
 敏美は、三日前に籍を入れた新婚の夫が本当に愛しく感じられて、花束を持ち替えて空いた手で、彼の腕をギュッと握った。
「実は憧れてたの。 見かけだけじゃなく、犬好きだし、お祖母さんを大事にするし、すごいカッコいい人だな〜って」
 強ばり加減だった翼の腕が、すっと柔らかくなった。 頭が敏美の顔のすぐ横に降りてきて、小さな声が言った。
「おれ絶対和一ちゃんに負けてると思った」
 憤慨して、敏美は首を大きくねじって翼を見た。
「むしろ嫌い! 派手に見えるけど、あっちこそ負のオーラ放ってる」
「負のオーラか」
 祖父の直昭譲りの魅惑的な翼の目が、きらりと光った。


 その後、翼の出身大学の四重奏団が、プロ顔負けのうまさでセミクラシックやポピュラーの演奏を行なって、会食になった。
 バックの白いスクリーンには、花嫁花婿の赤ちゃんから学生時代、おとなになってからの写真が、巧みな編集で次々と流された。
 そして、前の低い壇上では、佐喜子の旧友だという老紳士が、福を呼ぶ紙切りをやり、次には敏美の高校同級生でミュージカル劇団に入った女性が『世界に一人のシンデレラ』を歌い、合間には滋や彰和の会社関係者が祝辞を述べ、最後は、歌を知っている人全員で『乾杯』を斉唱した。
 引き出物は、文字盤が半透明のぼかしになっている優美な薄型の電子掛け時計にした。 B5版の大きさなので、軽くて場所を取らないのがいいということで、千登勢と絹世が選んだ品だった。


 こうして、二時間あまりの、手作り感のある親しみやすい式は無事終了した。




 司会の晋川と山岸美喜が、もう一人加えて二次会の幹事もやってくれることになった。 二次会場のカフェを式場から歩いていけるところにしたので、お開きになった後、若者たちと一部の中年族は、興奮さめやらぬ様子で街路に繰り出していった。
 出口でさりげなく人数をかぞえていた美喜が、晋川に耳打ちした。
「お、なんだか予定より増えた感じ」
「やったね」
 二次会は、参加人数が多いほど黒字になる。 二人は目立たぬように体の後ろでハイタッチならぬロータッチした後、ニコッと笑い合った。
「お疲れさまでしたー。 後もう一頑張り」
「そちらもお疲れさま」
 くっつけた指が、離れずにそのまま組み合わさった。
「鞍馬さん、道まちがえないかな。 一回しか行ってないんだけど、ちゃんと覚えて連れてってくれるかな」
「じゃ僕達もついていこうよ。 で、こぼれたヤツがいたら拾っていこう」
 ホールを出て、外の段を降りると、突風が行き交う車の間を抜けて、二人のコートを巻き上げた。
「寒ーっ」
「もっとくっつきなよ。 僕体温高いから」
「このコート、ちょっと薄いのよ。 服に合わせて上等なのにしたら、やっぱ寒かった」
「じゃ、マフラー貸す。 これでどう?」
 首に一巻きされて、美喜は晋川を見上げて微笑んだ。
「あったかーい。 祐治〔ゆうじ〕の匂いがする〜」
 二人は一瞬、額をくっつけ合い、それからのんびりと木枯らしの路を歩いて、前を行く盛装の一団を追っていった。





[終]





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