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夏は謎
-1- 荒れた家
広い表通りから、レンタルショップの横を右へ二回曲がって、左に一回。
これさえ間違えなければ、木元〔きもと〕家にたどり着くのは簡単だ。 今風のグレイやクリーム色の外壁、レンガで縁取りしたパッチワークのような正面玄関などを持つ住宅が並ぶ中、大きな長屋門とすり減った丸い踏石がデンと目に飛び込んでくる古びた屋敷は、明らかに異彩を放っていた。
敏美〔としみ〕は門の前でスクーターを降り、ゆっくり押しながら開いた門をくぐった。 スニーカーの下で、土を覆うほどはびこった雑草がキュッキュッとかすかな音を立てた。
玄関の格子戸は、昔は立派だっただろうが、今は桟がところどころ折れ、欠けている部分もあった。 その横にあるつげの木は、明らかに刈り込みが足らず、初夏だというのに枯葉がこびりつき、蜘蛛の巣もちらほら見えた。
その横にスクーターを置き、斜め掛けのバッグをかたかた言わせながら、敏美は玄関に近づいてポケットから鍵を出すと、格子戸を開けた。
ふつうはガラガラと開くのだろうが、このガラス戸はギシギシときしみ、相当力を入れて、ようやくしぶしぶと動いた。
「こんにちは! 宮坂〔みやさか〕ペットセンターです!」
薄暗い屋内に明るく声をかけてから、敏美はいつも通り中に入って内鍵をかけた。
振り向くと、長い廊下をハッハッという息の音が近づいてきた。 途中はほぼ真の暗闇になっていて、よく見えない。 近づいて玄関から入る弱い光を浴びて、その喘ぎの持ち主が薄茶色の日本犬だとわかるようになった。
敏美はすぐ膝を曲げて屈み、目を糸のように細めながら首を伸ばす犬の背中を撫でてやった。
「来たよ〜由宗〔よしむね〕クン。 元気してた?」
遥か彼方の突き当たりで、ドアが廊下側に開いた。 中から車椅子が勢いよく出てきて、かすれた響きのある声が呼ばわった。
「菅原〔すがわら〕さん?」
「はい!」
「よかった、待ってたのよ」
犬に次いで、気ぜわしく車椅子の車輪が廊下を移動した。 やがて敏美の前に現われたのは、短く刈った白髪の、いかつい表情をした老女だった。
敏美は笑顔になって、ヘルメットを取るとピョコンと頭を下げた。
「こんにちは。 今日も由宗クンのお世話に来ました」
「いつものように頼むわ」
「はい、 散歩三十分、それと、フードとグルーミングですね」
「そのグルーミングなんたら、よくわからないのよ」
「ブラッシングと、体表面の検査です。 ノミがついてないかとか、皮膚病はないか、なんていう」
「ああ、そうなのね。 じゃ、まず散歩からお願い。 戻ってきたら、紅茶飲まない?」
「あ、はい」
本当は、依頼主の家でもてなしを受けるのは禁止だ。
だが、木元佐貴子〔きもと さきこ〕というこの家の主は、紅茶やコーヒーを入れるのがすごく上手い。 一緒に出されるクッキーも絶品なのだ。 お茶好き、お菓子好きの敏美には、とても断れなかった。
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