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夏は謎
-128- 結婚式1
招待客たちが、次々と会場に入ってきた。 淡いクリーム色に照らされたホールには、光沢のある絹と柔らかいベルベットを複雑な襞〔ひだ〕に折って組み合わせた飾り布が壁一面を覆っていた。 生地をたっぷり使って、流れる美しさを表現している。 渦を巻いてまとまった部分に、クリーム色や白の花が散りばめられていて、入り口から中に踏み込むと、壁全体が奥正面に客をいざなっていくような遠近効果を上げていた。
レースのスカラップで縁取りしたクロスのかかったラウンドテーブルが中に並び、その上にクロスと同じ模様にそろえたグリーティングカードが置いてあって、それぞれに心の篭もった手書きの挨拶と人数分の薔薇が添えられていた。
和一郎は早くから、上等な紋付袴姿で登場した。 まさに水もしたたる良い男ぶりで、おまけに場慣れしていた。 受け付けに微笑みかけながら名前を記し、祝いの品を渡すと、真面目な敏美の後輩にあっけらかんとお世辞を振りまいて、ぽっと赤面させていた。
小橋夫妻は、和一郎より十五分近く後に来た。 大柄で堂々とした夫は上等なスーツをきちんと着ていたし、夫人の小枝子は予想通り最高級のお召しできりっと決めていた。
和一郎と小枝子の目が合ったとき、バシバシッと火花が散った。 翼は何も話していないが、お互いの情報網で秘密がわかったらしい。
不穏な二人を家族席から眺めて、滋は妻に囁いた。
「まだまだゴタゴタが続きそうだな」
千登勢は陽気に囁き返した。
「むしろ安全になったんじゃない? 小橋さんをこっちに取り込んでおけば、和一ちゃんを見張ってくれるわ。 あの二人が手を組まないように分けておけばいいのよ」
滋は苦笑して、千登勢を肘で押した。
「なんと、おぬしもワルよのぅ」
午前十一時、いよいよ式が開始された。
正装した花嫁と花婿は、胸を高鳴らせてホールの出入り口前に立った。 翼は左口、敏美は右口に。
司会者の口上が聞こえると、二人は十メートルほど離れた場所から顔を見合わせて頷き合った。 そして、同時に係員が開いたドアから、中へ入っていった。
光を落としたホール内に、スポットライトが点って、二つの出入り口を照らした。 まぶしい光ではなく、柔らかくぼかした金色の輪で。
それぞれの中心に、二人がいた。 翼は黒、敏美は純白のロングコートで身を包んでいた。
そのコートを脱ぎ去ると、新郎は濃いシルバーグレイのタキシード、新婦はウェディングドレスになった。 ドレスは、肩をきちんと包んだオーガンジーとサテンのトルソで、ほっそりした袖が肘から優雅に広がり、手首でふわりと引き締められていた。
上半身には模様がなく、パールを繊細な銀細工でまとめたネックレスが映えるように作られていた。
自然に流れるサーキュラースタイルのスカートには、ウェストから斜めに花とアカンサスの刺繍が縫い取りされている。 トーションレースで織ったモチーフを手縫いでかがった最高級品で、ちょっと値段の見当がつかなかった。
豪華でありながら清楚。 クラシックなヘッドドレスと共に、敏美の凛とした個性を実によく引き立てていた。
会場に広がる溜息と小さな嘆声の中、二人は離れたまま向き合い、お互い目指して歩みはじめた。 そして、ちょうど真中のところで手を伸ばしてしっかり繋ぐと、自然に輝く笑顔になって、そのまま招待客たちの中に入っていった。
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