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夏は謎  -127- 昔の因縁




 主役の二人が服装を整えている間に、両方の実家から、祖母たちが無事到着した。
 ふかふかのソファーがある親族の控え室の前で、改めて佐喜子は伊都子と顔を合わせた。 実に半世紀ぶりの再会だった。


 先に着いたのは、会場に近い佐喜子のほうだった。 息子の滋夫妻に伴われて送迎車から降りるとすぐ、佐喜子は孫の支度室に顔を出し、陽気に激励した。
「楽しみにしてるよ。 しっかりやりなさいよ」
「うん、ありがと」
「写真いっぱい提供したんだから、全部使ってよね」
 艶のあるネクタイのノットを直しながら、翼も明るく応じた。
「会社の友達に頼んだ。 ほとんど使ったらしいよ」
 佐喜子は大きく頷いた。
「写真必ず返してね。 焼き増ししてないから、手持ちはあれだけなのよ」
「あ、そういえば」
 式手順で頭が一杯ながらも、翼は思い出して、バッグから懐かしい写真の束の入ったポリ袋を取り出すと、佐喜子に渡した。
「さっき返してくれた」
「まあよかった!」
 佐喜子は喜んで、手提げにしまった。


 それから木元一家が控え室に行くと、ちょうど敏美の家族が全員揃って入っていこうとしているところだった。
 その中心は、銀ねず色の地に細かく扇子を散らした美しい着物をまとった伊都子だった。 彼女の車椅子姿を認めたとたん、佐喜子は自力で車輪を回して、扉の前まで駆けつけた。
「中山さん! 伊都子さん!」
 伊都子は童女のような微笑を浮かべて、佐喜子を迎えた。
「お久しぶり」
 佐喜子は感きわまり、うまく言葉が出なくなったため、思わず手を伸ばして、伊都子の小さな手に重ねた。
「私ねぇ……ずっと心が……咎めてたの。 あなたから直昭を……取っちゃったこと」
「そんなこと」
 伊都子は小声で言い、佐喜子の手をそっとさすった。
「息子さんからお聞きになった? 私にもいろいろ考えがあって」
「ええ、聞いたわ。 少し気が楽になった」
 涙をこらえようとして、佐喜子は懸命に瞬きした。
「でもやっぱり失礼なことをしたと思ってる。 だから一度、ちゃんとあやまらせて。 ごめんなさい」
 微笑んだまま、伊都子は静かに答えた。
「気にかけてくださって、どうもありがとう。 お幸せでした?」
 佐喜子はレースののハンカチを出して、さっと目を拭いた。
「山も谷もあったけど、あの人と一緒になったのを後悔したことは一度もないの」
「それはすごく幸せなことね」
 伊都子の笑顔が大きくなった。
「私は三回ぐらい後悔したかな? それでも主人には大事にしてもらって、いい思い出がたくさん」
「お宅もうちと同じ、一人息子さんなのね」
「ええ。 小さいときは体が弱くて、はらはらしながら子育てしたの」
「実はうちもそうだったのよ。 男の子は女の子より大変っていうけど、周りを見てるとやっぱりそうみたいね〜……」
 はるか昔の子育ての話に熱中し出した二人を、両家の一人息子たちが車椅子を押して、控え室にそっと運び入れた。














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