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夏は謎  -123- 招待客は





 暑い八月が、まばゆく過ぎていった。
 敏美は、まだフルタイムで働いていたものの、週末は実家に戻らず、ゆくゆくは二人の家になる翼の元へ帰るようになったので、だいぶ時間的に楽になった。


 そして土曜日の午後は、ふたり揃って佐喜子の家に行った。 結婚準備の相談に加えてもらえるので、佐喜子はご機嫌だった。
「ふむふむ、人前結婚の形にするのね?」
 明るくて清潔感のある式場の写真を、翼がずらりと客間のテーブルの上に並べて見せた。
「高校のときの友達が、ここで式を挙げて、すごくよかったと言ってるんだ。 だから見学させてもらって、写真も撮ってきた。 ね、見てどう思う?」
 佐喜子はわざわざ眼鏡を上等なのにかけ直し、じっくりと写真を眺めた。
「きれいだねえ。 まるで御殿みたい。 私のときは戦後間もなしで、こんなキラキラしたシャンデリアなんかどこにもなかったよ。 いちおうホテルでやったから、設備はそこそこ整ってたけどね」
「披露宴の写真見たよ。 けっこう豪華だったじゃん?」
「当時はお父さんが元気で采配ふるってたし、着物で式をしたでしょ? お客も紋付袴がいてさ、ほら、馬子にも衣装っていうじゃない?」
 そう言って、佐喜子はケラケラ笑った。


 その土曜日、翼と二人で出た由宗の散歩では、和一郎と小橋夫人を式に呼ぶかどうかが話題になった。
「和一郎さんは招待しないと困るんじゃない? これからの付き合いもあるし」
 敏美が訊くと、翼は口を尖らせて少し考えた。
「そうだけど、俺に似すぎてるし、あの性格だから、なんか微妙なんだよな」
「彼を呼んで、小橋さんも呼べたらいいと思う。 犬のお得意さんの一人で、お友達って形で」
 それから急いで言い添えた。
「佐喜子さんが嫌じゃなければ」
「グーちゃんは気にしないよ。 むしろ会ってみたいんじゃない? 小橋の奥さんは和一ちゃんみたいにずうずうしくないからね。 金、金って言わないし」
「でも、和一郎さんだって訴訟を起こさないから、そんなに悪い人じゃないと思う。 たしか庶子は、嫡出子の半分は遺産が貰えるんでしょう?」
「ジーちゃんの遺産限定だから。 つまり、やる気になったら俺たちと戦うことになる」
「うー、やだ」
「だろ? それに、ジーちゃんにしては珍しく、ちゃんと遺書を書いたんで、法定相続分は元の二分の一に減る」
「半分の半分か……。 それでも、絵をこっそり取り替えて人に貸してたりする人だから、いざとなったら、やるかも」
「大変だぞー。 まずジーちゃんの実子だって証明する必要がある。 顔が似てても法的には認められない。 遺伝子検査って簡単に言うが、こっちの家族の協力がないと大変だ」
「民事だものね。 裁判所の命令とかが必要なのかな?」
「そうなんじゃない? それに、ちょっとした金額で訴訟を起こすようだと、金持ちの多いお弟子さんたちの評判が悪くなる。 やりにくいよな、家元としては」
「やっぱり招待したほうがいいわね。 仲良くしとけば、少しはアヤシイ動きをしなくなるかも」
 やれやれ、と、二人は顔を見合わせて苦笑した。













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