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夏は謎  -121- 宝の正体





 だが、錠前を外した後が、意外にやっかいだった。
 予想した通り、ちゃんとした工事人に頼んだ壕は立派すぎるほど頑丈な作りで、扉は逃げ込みやすいように斜めに設置されていた。 つまり、錠前より深くなっている部分が半分あるわけで、和一郎と翼は更に五分間、掘り続けなければならなかった。


 それでも、最後は期待を込めて全力で土を取り除いた。 分厚い木を金属の枠でしっかり固定した扉がすべて現われると、佐喜子が懐かしそうに微笑んだ。
「そうそう、思い出したわ。 うちの人は、ここのこと地下帝国なんて呼んでたわね。 彼がここに来るようになったのは戦後だから、便利な倉庫代わりに使っていたんでしょう」
 和一郎は思い出話をほとんど聞いていなかった。 彼の目は食い入るように錆びて汚れた取っ手を見つめ、ほっそりした形のいい手を伸ばして掴んだ。
 両開きの扉なので、翼がもう片方を握った。
「じゃ、せーのっ!」
 掛け声と同時に、二人は力いっぱい引っ張った。 ギギッという鈍い音が響き、扉が揺れながら口を開けた。


 最初は、何も見えなかった。
 ただ、二メートルほどの穴の底と、降りていくための階段があるだけだった。
 和一郎は一瞬ガクッとなりかけたが、穴の右奥が暗い陰を作っていることに気づいて、勢いを取り戻した。
「この穴、奥行きはどのぐらいあるの?」
 訊かれた佐喜子は、首をかしげて考えた。
「けっこうあったわよ。 家族全部と当時の女中さんや庭師なんかが皆入れるように作ったから」
 翼は爪先を伸ばして、埃の積もった階段を軽く踏んでみた。
「これ、強度だいじょぶかな」
「軽い人が先に入ってみる? 敏美ちゃんとかさ」
 和一郎が半ば本気で言ったのを、翼が鋭く睨んだ。
「やめろよ! 怪我したらどうするんだ」
 そして、千登勢が用意していた大型の懐中電灯に手を伸ばした。
「俺が降りるよ。 この高さなら、階段が壊れても飛び降りできる」
「気をつけてよ」
 千登勢は少し心配そうだった。


 皆が覗き込んで見守る中、翼は無事に地下壕の底に降り立った。 木材でできた階段は汚れはてていたが、まだ何とか使用に耐えた。
 しっかり姿勢を安定させてから、翼はおもむろに懐中電灯のスイッチを入れた。
 それからしばらく、穴の奥を見つめていた後、深い溜息を漏らした。
「おーお」
「なんだ? 早く言え!」
 上では、意外にせっかちな滋が、待ち切れずに叫んだ。
 翼は顔を上げ、満面の笑顔になった。
「すげー。 木の船がある」


 船……?
 数秒間、誰もわけがわからなかった。
 初めに思い当たったのは、敏美だった。 祖母の伊都子が語ってくれた、手製のボートの進水式……
 そうだ! 直昭氏が自ら作った小型船こそ、彼のもっとも大切な宝物だったのだ……!


 地上では、スローモーションのようにゆっくりと、和一郎がしゃがみこんだ。
「船って?」
 誰にともなく尋ねたが、自分で答えがわかっている様子だった。
 佐喜子がフッと息をつき、半眼になった。
「よくまあ、こんなところへ運びこんだわねえ。 部品をバラバラにして、中で組み立て直したのかしら」
 ライトの明かりで全体を照らしてみながら、翼が呟いた。
「きっとそうだ。 見事な完成形だ」
「チックショーッ!!」
 突然、爆発したように和一郎が吠えた。













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背景:月の歯車
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